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月報「ぼろ」2012年1・2月号より

第13回北支区信徒大会「苦しみを共に、慰めを共にー3.11大地震・原発事故を受け止めて」報告

 1月9日(月)、北支区信徒大会が開催されました。開会礼拝後、丸木啓子さん(岩手県釜石市・新生釜石教会信徒)と遠藤美保子さん(福島県南相馬市・原町聖愛保育園園長)による「現地からの報告」がありました。 丸木さんのご自宅は魚市場のすぐ裏手にあって3階建ての屋上まで津波が到達。ゴーと物凄い音が聞こえ、魚市場の屋根の上から津波が押し寄せてきたそうです。「パニック映画でも観ているようだった」という語りが印象的でした。高台まで一目散に避難する中、道路で立っている方へ「津波だ!」と呼びかけたそうですが、その方々は亡くなったと語られました。あの場面であのようしていれば…という数多くの自責や後悔、無念が言葉の背後にあることを感じます。
 震災後、丸木さんは避難した友人宅での心境を、「自分のことだけで頭がいっぱいで教会も大変な被害を受けているだろうと思ったが、一週間くらいは何もできずにいた」と振り返られました。 
 奥羽教区が支援する4教会(宮古、新生釜石、大船渡、千厩)について、震災直後の様子から宗教・宗派を超えたボランティア団体や個人のサポートがあったことも報告されました。
 神になぜ?と問う気持ちを抑えられないが、同時に自分の弱さを見つめることが大切だと静かに、しかし力強く語られた丸木さん。太平洋戦争中、釜石市は二度の艦砲射撃を受けて下田牧師も犠牲になったが、その度に釜石市が復活し、教会も同じ場所に建て直して活動を続けてきたことから、今後への希望も語られました。
 遠藤さんは保育園の子どもたちの健康を守るための具体的な取り組みが示されました。原町教会・原町聖愛保育園は東京電力福島第一原発から24.5kmに位置するため、屋内退避指示から緊急時避難指示区域へ日を追って指定されていきました(3月15日〜4月21日日:屋内退避指示、4月22日〜9月31日:緊急時避難指示区域)。
 4月中旬の家庭訪問で、子どもたちに生活リズムの乱れや円形脱毛、アトピーの悪化、おむつに戻った・歩かなくなったなどの発育の後退、ひどい爪かみ、大声、過食と嘔吐の繰り返し、夜泣きなど不適切行動があると判明。その後、外で遊べない子どもたちと不安を感じているお母さんのために施設開放をボランティアではじめることを決め、子どもたちにはのびのびと遊ぶ場所として、お母さん方にはおしゃべるの場所として提供されてきたそうです。
 8月には園内各所の放射線量を減らすため、0.221〜0.363μSv/hあった屋外の線量を半分程度にし、0.637〜1.117μSv/hあった園庭の表土を剥いで数値を下げました。方法は遊具を先に除染してから表土を剥ぐこと、遊具のサビ落とし薬剤をつけたキッチンペーパーを巻き付けて、上からサランラップで巻いて一晩置く。次の日にすべて外して水洗い後、乾燥させてペンキを塗り直すという作業を強化プラスチック製を含むすべての遊具一つひとつにしたそうです(木製のものは高圧洗浄機で除染し、木製イスは削って組み直す)。
 こうした「現地からの報告」を伺いながら特に感じたのは、原発事故の被災体験を東京で聞く際の強烈な温度差と矛盾です。福島県内の人々が直面するのは避難するか否かの差し迫った状況です。
 良心的傍観者であるより信仰的であることを求めて東京電力管内の教会がPPS(特定規模電力事業者)へ切り替えていく夢を持ち、その取り組みを進めていきたいと思っています。