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月報「ぼろ」2012年12月号より

オリーブ収穫プログラム(パレスチナ)報告「それが方法」

 YMCAとYWCAが共同で運営する政策提言オフィスJAI(Joint Advocacy Initiative)。そこが主催しているオリーブ収穫ツアーへの日本からの参加も、今年で5年目になるそうだ。日本のYMCAの活動とパレスチナを繋ぐ役目をも負っての参加、となるはずだったのだが、実際に現地に行ってみると最後、言葉を失う光景や、鮮烈な出会いの数々だった。自分の役目などすっかり忘れ、のめりこんだ10日間だったように思う。
 オリーブをはじめ、印象深かったものは数知れない。出会った人々、難民キャンプ、ベツレヘム、エルサレム、現地の食事、砂塵の舞う景色……そんな中でも、とりわけ私の心に刻み込まれて消すことのできない、あるものについて書こう。そう、グラフィティだ。
グラフィティと言えば、何といってもバンクシーの作品だろう。バンクシーと言えば、最近日本でも公開された映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』だろう。そして、『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』のOPでは、パレスチナの分離壁についても触れられていた。
 グラフィティとは、1970年頃に、NYで始まったストリート・アートである。エアゾール・スプレーやペンキなどの塗材を駆使して、町の壁に、色鮮やかでセンスあふれるアート作品を描きつけるのだ。それは、ジェントリフィケーションされゆく街にあって「街は自分達のものだ」というメッセージを発することで、政治的な色彩をも帯びていく。
 パレスチナでは、街の至る所で、巧拙入り交じるグラフィティの数々を目にすることができる。そのメッセージは様々だ。“FREE PALESTINE”と大きく描きつけたものもあれば、判読不可能なイラストまで。街を飾るグラフィティは、そこに暮らす人々の生きざまを、生きいきとあらわしている。
 だが、なんといっても分離壁のグラフィティだ。あのバンクシーがそこにボムした(グラフィティを描いた)のを筆頭に、世界中のアーティストが次々にボムし続けている。もちろん、パレスチナのライター達もボムしている。分離壁は、さながら巨大なキャンバスである。
 ここで、思い出深い出会いをひとつ。偶然拾ったタクシーの運転手はアシュラフという名前だったが、彼はなんとバンクシーのコピーライターだった。第2次インティファーダに居合わせたため(!)5年間投獄されていたという彼に、街のグラフィティスポットやCDショップなどを案内してもらう中で、「何故グラフィティを描くのか」と訊いてみた。彼は言った。「それが、自分の気持ちを人々に伝える方法だからだ。」なるほど、グラフィティは、社会に介入し、自分の生きる仕方をかたどっていく、一つの方法なのだ。
 では、それと出会った私は、パレスチナで見たもの、感じたことを伝えるために、自らの方法を、どのように選び取っていくのだろうか。その選択とはつまり、自分が、どのように/誰と生きるのかを示すものに他ならない。さて、ところで、あなたは?