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礼拝説教(テキスト)

2012年4月1日

「その瞳には何が…」(ルカによる福音書22:54〜62)
  古賀 博牧師


○棕梠の主日を迎えて
 今日は受難週に先立つ日曜日で、「棕梠の主日」です。代々の教会は、この主日にエルサレム入城に始まる主イエスの受難の道筋全体を覚えてきました。そして、「棕梠の主日」から始まっていく受難週では、主の十字架の苦しみを常に意識しながら、私たちへの愛と赦しのために主がいのちを捨ててくださったことに感謝しつつ、み前に深く悔い改めてきたのです。
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 「棕梠の主日」の由来である、主イエスのエルサレム入城の証言は、4福音書のそれぞれに残っています。
 イエスに従う群衆たちは「自分の服を道に敷き」、また「木の枝を切って道に敷いた」というのです。この「木の枝」とは棕梠の木、つまりはナツメヤシの枝でした。
 棕梠の木は、イスラエルの伝統では“勝利のしるし”との意味を持っています。この枝と葉とを花道として、イエスを新しい王として迎えたのです。長年待ち望んだ王が今や現れ出て、他国の支配の苦しみから我々は解放される、かつてダビデ王が強大な力で王国を建設したように、再びイスラエルは栄光を取り戻すことができる、そんな喜びの場面です。
 民衆たちは、「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ」と叫びました。ホサナとは「主よ、救いたまえ」という意味の言葉。人々は、イエスのエルサレム入城で、第二のダビデ王としての君臨が始まると期待していました。
 ご存じの通り、ダビデは、イスラエル史上で最も輝かしい王です。この王によりイスラエルは独立と繁栄を獲得しました。その子ソロモンの時代を含めて100年間ではありますが、イスラエルは周辺国をも従えるほどの強国となったのです。紀元前1000年頃のこと。
 しかし、繁栄は一時的で、イスラエルは再び苦難の歴史を歩みます。こうした歩みの過程で「ダビデ王の再来」との希望が形作られていきます。ダビデの再来により、我々はかつての繁栄を取り戻すことができるという願いが強く育っていくのです。この願望は、バビロン捕囚を経てさらに高まります。このように、待ちに待った王が今現れたのだと、イスラエルの群衆はイエスを理解したのです。
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 歓喜の声をあげ、主イエスを第二のダビデとして都に迎え入れた民衆たち。ところが人々は、この後、すぐに彼に躓いて見捨てます。なぜなら、主イエスはダビデ王国の再建も志してはおらず、またこの世の権力とは対極に歩みをなしていくからです。
 主イエスに失望して「十字架につけろ」とヒステリックに叫ぶようになっていく民衆たち。イエスに従ってきた弟子たちも、ある者は裏切り、ある者は見捨てて逃げ去っていきます。そうした中で、主イエスは十字架に架けられます。歓喜が即座に失望・絶望へと暗転していく、そんな主イエスの苦難の具体的な出発を「棕梠の主日」は告げています。
 民衆たちの簡単な心変わりは、また私たちのあり方にもそのままに重なっています。ここにも神の御心を受け入れられず、人間的な思いにのみ引きずられる私たちの罪が露わになっています。「棕梠の主日」は、御心に的を定め続けることができない、そんな私たちの弱さ・罪と改めて向き合う時でもあります。

○「人間の眼差しは地獄である」
 さて、今日は「ルカによる福音書」から、主イエスの受難物語の一節を読んでいただきました。一番弟子であるペトロが主イエスを否む場面です。マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四つの福音書のどれにも残っているこの記事ですが、私はこの「ルカによる福音書」の記述を特に印象深く受けとめています。
 この出来事について、「ルカによる福音書」はこのように証言しています。54〜57節を読みます。
 「人々はイエスを捕らえ、引いて行き、大祭司の家に連れて入った。ペトロは遠く離れて従った。人々が屋敷の中庭の中央に火をたいて、一緒に座っていたので、ペトロも中に混じって腰を下ろした。するとある女中が、ペトロがたき火に照らされて座っているのを目にして、じっと見つめ、『この人も一緒にいました』と言った。しかし、ペトロはそれを打ち消して、『わたしはあの人を知らない』と言った」。
 暖を取るために、大祭司の家の中庭には、薪が燃やされました。このたき火の炎の光が、その場に密かに紛れ込んでいたペトロの顔を照らし出したのです。ペトロの顔はどんな表情だったでしょうか。大きな恐れを抱え、おどおどしつつ、周囲にそんな動揺を見破られないようにして、こそっと中庭のたき火の周りに佇んでいたことでしょう。そんなペトロの顔が炎の光に照らされ、闇の中にそっと、それでいてくっきりと浮かび上がっていたのです。
 そんな群衆の中で、ひとりの女中がペトロに目をとめ、その顔をじっと見つめます。そして、彼女はある確信を得て、「この人は、今捕らえられたイエスという男と一緒だった」と告発したのです。
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 フランスの哲学者サルトルは、「人間の眼差しは、地獄である」と語ったのだと、ある本で読みました。元来、この言葉がどんな文脈の中に語られたのかを詳しく知りませんが、「人間の眼差しは、地獄である」、この言葉がある意味で具体化した状況を、ここに見ることができるのではないでしょうか。確かに、私たち人間の眼差しは、しばしば非常に厳しい意味合いを帯びることがあります。そこに何らの言葉は発せられなくとも、冷たい眼差しを注がれることにより、私たちは侮蔑の言葉を浴びせられるよりも、深く傷つくことがあります。 
 ここもそうでありましょう。ペトロの隠し持っていた思いや心の動きを探るような眼差しが、また人を告発しようとする冷酷な眼差しが、焚き火の炎に照らされて闇の中に浮かび上がっていたペトロの顔に、さまざまな視線として注がれていたのです。
 そのようにしての告発にペトロは動揺を隠し切れずに、「わたしはその人を知らない」と必死になって弁明します。しばらくして、また他の人が彼に冷たい眼差しを向け、「あなたもあの仲間のひとりだ」と言われます。ペトロは「いや、それはちがう」と否定します。一時間の後、他の者がこう言い張ったと書かれております。「たしかにこの人もイエスと一緒だった。この人もガリラヤ人なのだから」。ペトロの言葉に強く残るガリラヤ訛りが指摘されたのです。焦ったペトロは「あなたの言っていることは、わたしにわからない」とイエスとの関わりをさらに否定します。彼が三度目の否定の言葉を言い終わらないうちに鶏が鳴きました。

○主の瞳には何が映ったのか
 2月に行った「教会聖書講座」の3回目、『ガリラヤのイェシュー』を皆で朗読いたしました。そうしたものの一つが今日の箇所でした。
 ペトロを告発する人々の言葉は京都弁、京言葉となっています。それに対して、ペトロの話すのはケセン語。「いや、姐さん、おらァそんたなヤズゥ知らねァぜァ」「友ォ、そんたなゴどァあり得ねァ」「友ォ、おめァさんがかだっているゴどァ俺に皆目(かいもグ)見当もつかねァ」。
 京都の地で、周りが地の人ばかりの中で、東北訛りのケセン語で話したならば、すぐにこいつは余所者と分かったことでしょう。そしてその訛りは、捕らえられて、これから国家に反逆した重罪人として裁かれる、ガリラヤ出身のイエスと同じしゃべり方であり、同じ地方出身で、さらにその一味だというのですから、そんな指摘は大変な事態を引き起こします。
 ですから、ペトロは必死に打ち消しているのです。三度の告発に三度とも、「わたしはあの人を知らない」「いや、そうではない」「あなたの言うことは分からない」と強く否定しました。
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 聖書は今日の箇所の最後にこう証言しています。60節から読みます。
 「だが、ペトロは、『あなたの言うことは分からない』と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、『今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と言われた主の言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた」。
 実に印象的な証言です。逮捕されていた主イエスと、大祭司の中庭に紛れ込んでいたペトロ、この二人の間にどれ程の距離があったことでしょう。その視線の間にどれ程の人々が存在し、遮っていたことでしょう。しかも、夜更けの闇の中での出来事です。普通に考えるならば、起こり得ないことです。しかし、その距離にも、人混みや雑踏にも、そして闇に覆われているにもかかわらず、この二人はひとときしっかりと視線を合わせたのです。この時、ペトロを見つめた主の瞳には、どのようにペトロの姿が映し出されていたのでしょうか。
 数時間前には、主イエスに「主よ、ご一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と胸を張って言い募ったペトロ。その舌の根の乾かぬ内に三度も主イエスを否んだこの人。主イエスの瞳には、ペトロの姿はどのように映ったのでしょうか。
 恰好の良い言葉を語り、虚勢を張って、外面を整えても、結局は主に従い得ない自分の罪の姿が、主の瞳にはっきりと写し出されていると、ペトロは痛感させられたに違いありません。

○いつまでも愛が土台
 ニューヨークのユニオン神学大学で長く教鞭をとられた小山晃佑さんという牧師であり、神学者がいらっしゃいます。1960年に日本基督教団より宣教師としてタイへ派遣され、以後、タイ神学大学、あるいはシンガポールやニュージーランドの神学大学でも教えられました。2009年に79歳で天へとお帰りになった、そんな方です。
 この方が、『恩寵と真理』という月刊誌に寄せた文章をまとめた本が何冊かありますが、どれもが大変印象的な表題となっています。以前に『時速5キロの神』から、その表題につながるお話を紹介いたしました。今日は『愛は裏口ではありません』という一冊から紹介します。
 この本に「『自業自得』から十字架へ」という一文が収められています。自業自得とは、元々は仏教の用語で、自分の行為の報いを自分自身が受けること。一般に、悪業の報いを受けること、を意味しています。自分が蒔いた種から悪い芽が出て、ついに実り、それをそのままに自分の手にすることが自業自得だ、小山牧師も語っていらっしゃいます。こうした原則の中に人生を考える、それをインド仏教ではカルマ(業)と呼ぶのだというのです。人生とは因果応報であり、その人の善き行いは善き結果を、また悪い行いは悪しき結果を生む、これが人の世の理だと捉えられています。
 今日の聖書箇所を取り上げて、小山晃佑牧師はこう語ります。一番弟子のペトロがこともあろうに、三度も主イエスを否んでしまった、“それなら…主がペトロ自身を三回否んでもいわば自業自得である”と。これが、この世を縛っているカルマの考え方・捉え方だというのです。
 “ところがここで主はふりむいてペトロを見つめられた。どんな顔付きで見つめられたか書いていない。怒りをもってであるか、赦しをもってであるか。どんな顔付きでか、私たちは知らない…私たちに分かっていることは、主が振り返ってペトロを見た後で、ペトロが外に出て激しく泣いたということである”。
 中庭にあって、傍観者を貫き通したかったのだと、この方はペトロを分析します。しかし女性に、その場の人々に次々にやっかいなことを言われ、静かにたき火に当たっていることができなくなったペトロ。このようにして、“はっきりと自分の立つところを言い表すことを迫られた。ペトロは主を否んだ。主がペトロを見た。ペトロは激しく泣いた。この主の目付き・顔付きの中に教会の土台がある。それはカルマをつきやぶった目付き・顔付きではなかったか。それは愛そのものではなかったか”。
 この一文に深く感動しました。自分を裏切る者をも愛と赦しのまなざしで見つめる、この眼差しとその瞳を湛える主イエスの表情に教会の土台がある、というのです。この主イエスが愛をもって建ててくださる教会に、私たちはいかに罪深く、弱さと欠けを隠し持っていても、確実に居場所が与えられるのです。主の教会にあっては、誰もが安心してそこに立つことも、また座ることも許されるのだというのです。そのような教会に私たちは招かれ、こうした教会を日々新たに形づくっていくように励まされています。
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 サルトルが語ったように、確かに「人間の眼差しは地獄」のような側面を持っているかも知れません。しかし主イエスの眼差しは全く違っています。十字架の主イエスの瞳に、容易に主を否み・裏切る、そんな罪に溢れた私自身の真実が映し出されるとしても、そんな私たちを深い愛と赦しで、新たな信仰に歩む者へと主は移し替えてくださるのです。ここに主の十字架の贖いと赦しがあります。この主の眼差しに私たちは恐れなく向き合い、主の愛の眼差しに満たされながら、受難週からイースターへと歩みを進めてまいりましょう。