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礼拝説教(テキスト)

2013年3月31日(イースター礼拝)

「闇にもきざしを見出したい」

  ヨハネによる福音書 20章1〜10節

    古賀 博牧師


聖書〉ヨハネによる福音書 20章1〜10節
1:週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。
2:そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」
3:そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。
4:二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。
5:身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。
6:続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。
7:イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。
8:それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。
9:イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。
10:それから、この弟子たちは家に帰って行った。


○復活記念としての日曜礼拝
 私たちは今日、この年度の復活日、イースターを迎え、主イエス・キリストの甦りを覚え・記念して、共々に神を賛美しつつ礼拝を捧げています。
 ある人が「イースターこそがキリスト教会にもっともふさわしい祝祭」だと記していました。
 ユダヤ教の安息日(サバト)は、金曜日の日没にはじまり、土曜日の日没まで続きました。またイスラム教では、金曜日を安息日としているそうです。これにキリスト教を加えて、これら3つの宗教は、モーセ五書を共通の経典としています。
 ユダヤ教を原点としてキリスト教は成立していきますが、後にキリスト教は安息日を日曜日へ移行しました。安息日とは、ユダヤ教において何よりも大切にされていた礼拝と休息の日でありましたので、安息日の曜日変更は実に大きな出来事で、革命的な事件とさえ言い得るものでした。
 * * * *
 キリスト教会は、4世紀より日曜日の朝に礼拝を行うようになり、今日に至っています。教会によっては、夕礼拝があったり、ウィークデーにも礼拝を捧げたりしていますが、キリスト教会での最も基本の礼拝は、日曜の朝に捧げる主日礼拝です。
 なぜ日曜日の朝なのでしょうか。その理由は、主イエス・キリストの復活を記念する時だからです。イースター礼拝だけに限らず、日曜日の度ごとに、イースター礼拝に繋がる復活記念の意味を持って主日礼拝が捧げられます。この意味から、毎週の礼拝を「小イースター礼拝」と表現する人もあります。イースター礼拝の喜びを胸に、残り51週の日曜日も同じ意味づけのもとに礼拝を捧げ、甦りの主イエスを賛美し、その栄光に与る、これがキリスト教の礼拝の基礎的方向です。
 * * * *
 主の復活の喜びと希望とは、夜の闇に朝の光が差す、この闇から光への移行に象徴されている、こうもキリスト教は捉えてきました。この信仰を表現するために、伝統的な教会建築では、朝の光が礼拝堂に差し込んでくるよう、教会の入り口や採光窓が東に向いている、そんな構造を基本としているとも聞きます。主の復活を記念しつつ闇に差す光を見つめる、この復活の出来事を礼拝堂の入り口や窓から差し込む朝の光を象徴とし、これをもって表現しようとしているのだと聞いたことがあります。

○「朝早く、まだ暗いうちに」
 今日の箇所には、闇に光が差すという主の復活の出来事の様子に関する証言が記録されています。
 1節に「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った」あります。「朝早く、まだ暗いうちに」とは、夜明け前の未だ闇に包まれている時間帯のことです。
 ヨハネによる福音書の特徴を踏まえると、暗闇とはこの世と人間とを縛り付ける強大な罪の力を象徴し、神の力が届いていない混沌と絶望を意味しています。こうした闇の中に、マグダラのマリアは行動を起こし、十字架の上に死んだイエスの遺体を納めた墓を訪ねたというのです。彼女を取り囲む闇と同じく、彼女の心も深い嘆きや悲しみ、そして失望という暗さに覆い尽くされていました。
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 マグダラのマリアは、何をしようとしていたのでしょうか。他の福音書によれば、彼女は主イエスの遺体に香料を塗るために出かけたとのこと。香油とは、オリーブオイルに香料を混ぜた当時の高級な化粧品・薬品でした。深く愛し、また心から慕ってきたイエスが十字架にかけられて殺されてしまった、愛する者の死の痛みを抱え、葬りのためにできるだけのことをしたい、そう思って、マグダラのマリアは遺体を清め、傷みを防ぐ役割の香油をもって、墓へと出かけていったのです。
 彼女は墓に到着して、とても不思議な光景を目撃します。墓から石が取りのけられていたのです。当時、パレスチナ地方の墓は、横穴の洞窟のようなところに、大きな石を扉のように用いて蓋をしたそうです。その大きな石が取りのけられ、墓穴としていた洞窟が開いていたのです。

○マリアと弟子たちに迫り、次第に包んでいく復活の光
 あり得ない光景を目の当たりにし、激しく動揺・混乱したであろうマリア。恐る恐る墓穴を覗き込み、イエスの遺体のないことに気づき、仰天し、ペトロたちのところへ走っていきます。彼女は報告しています。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません」。
 マリアから報告を聞いたシモン・ペトロともう一人の弟子は、事の真実を確かめようと墓へと走ります。この一連の証言の中に、8節にこうあります。
 「それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた」。
 「見て、信じた」、何を信じたのでしょう。「主が墓から取り去られました」というマリアの報告をようやく信じ、受け入れたのです。
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 「空の墓」という事実を彼らは確認し、イエスの遺体が既に墓にないことは認識しました。しかしこれが何を意味しているかまでを理解し、受け入れたのではありません。
 9節にこう記されている通りです。「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」。
 不思議なことを体験したマグダラのマリアとペトロたち。彼らを含め、この証言に接する私たちをも含めて、情景は少しずつ変化していくのです。
 何かが起こり始めている、闇から光へと状況が移行し始めている、しかし、何が起こっているのかを未だ理解できません。それでもそんな彼らを、また私たちを次第に明け初めていく朝の光が確実に包んでいくのです。
 こうした情景が、実に印象深く感じられます。私たち人間の理解を越えて、主イエスの復活の出来事は私たちに迫り来るのであり、その出来事が私たちを包みゆくのではないでしょうか。
 次第に光に照らされ、光に包まれていく、それはただ単に夜明けという自然的な現象だけに起因するのではなく、彼らと私たちとが主イエスの復活という事件と真に出会っていく、その過程をも含意しているのではないでしょうか。そんな証言・情景を書き記した物語だと、ここを読みたいと思うのです。

○国広啓子さんを天にお送りして
 3月23日に国広啓子さんが召天され、過ぐる週に葬儀を執り行いました。昨年末からこの教会に通われるようになった姉妹は、末期がんを抱えていらっしゃいました。 
 昨年3月に病が発覚し、その時点で余命3ヶ月と宣告を受けられました。その後に化学治療を繰り返しお受けになり、その効果もあって命の時間を1年にまで延ばされます。
 この1年、不思議な出会い、導きを多く経験されました。そうした中で、北九州市にある西南女学院中高、この時代に触れ、以降、ずっと深く心にとめてきた主イエスへの信仰を杖に最後までと願われ、ご自宅から歩いてすぐのこの教会へも通われるようになったのでした。
 1月27日に受洗の申し出があり、2月8日より準備をはじめ、準備会を重ねながら、その過程でしばらくの語り合いの時を過ごしました。体調はある程度安定していらっしゃるようにも思えましたので、今日、このイースター礼拝で受洗なさってはどうでしょうかとお話しました。
 一瞬、どうしようかと迷われた国広さんでしたが、やはり自信がないと3月3日の受洗となったのでした。あの時、しばらくでしたがどうしようかと考えられた、その理由の一つを私は葬儀の準備過程で知らされたように感じています。今日、3月31日は彼女の誕生日なのです。存命でいらっしゃれば、今日、57歳の誕生日をお迎えになるはずでした。洗礼式の時のように、友だちたちが遠くからも彼女の家に集まって、誕生日をお祝いすることとなっていたとのことです。
 自分の誕生日と今年のイースターが偶然にも重なっている、そのことの故に、彼女は一瞬どうしようと迷われたのではないだろうか、そう思わされています。
 * * * *
 出会ったばかりであり、彼女がどのような人生を歩んできて、何を課題とし、これからに何を希望しておいでなのか、そうしたことを何も知ることもできずに、お別れとなってしまいました。
 最後に礼拝にお出でになったのは3月10日。礼拝後に「今日はかなりきつい」とおっしゃり、帰りに教会横のベンチに座り込んでいらっしゃいました。青年が彼女の様子に気づき、他の青年が早稲田奉仕園に備え付けられている車椅子を用意してくれて、悦子ともども3人でご自宅へとお送りしました。そのことがとてもうれしかった、車椅子を押して私を連れ帰ってくれた青年たちの名前を教えてほしい、そう病院からmailがあり、これが最後のやり取りとなりました。
 23日の土曜日の朝、召天の連絡。9時10分にお姉様に看取られる中、静かに天へとお帰りになったとのこと。枕頭の祈りのために病院と駆けつけ、遺体搬送の時を目前に聖書を読んでお祈りしました。まだ微かにあたたかさが残る姉妹の額に手を置いて、集っておいでのご家族と共に、国広啓子さんを迷いなく天へと迎えてください、全ての痛み・苦しみから解放して、主の許に憩わしめてくださいと祈ったのでした。
 * * * *
 翌日、24日の日曜日、礼拝において「球根の中には」の讃美歌を賛美しました。1番は何とか賛美できましたが、2番以降は私の目に涙が滲み、喉も詰まって歌うことができませんでした。

[2番]沈黙はやがて 歌に変えられ 深い闇の中 夜明け近づく
    過ぎ去った時が 未来を拓く その日 その時を ただ神が知る
[3番]いのちの終わりは いのちの始め おそれは信仰に 死は復活に
    ついに変えられる 永遠の朝 その日 その時を ただ神が知る

 沈黙が歌に、いのちの終わりに新しい始まりを、本当にこの通りのことを神が起こしてほしい、召天された姉妹に、嘆き悲しむ家族や友人たちの間に、そして私たちの教会に、主の復活を導かれた神の力と光が臨んでほしい、そう祈りながら、ただただ現実の重さ、悲しみの前に打ちのめされていました。闇にもきざしを、朝のきざしを見出したい、そう強く祈り願いながら、声を詰まらせるしかなかったのです。

○ボンヘッファーの「朝の祈り」
 ディートリッヒ・ボンヘッファーは、『共に生きる生活』の中で、「共にいる日」の冒頭の「朝」という部分を次のように書き出しています。

「キリストの言葉をあなたがたのうちに豊かに宿らせなさい」(コロサイ3:16)。
 旧約の一日は、夕べに始まり、翌日の日没をもって終わる。それは待望の時である。
 新約の教会の一日は、早朝の日の出に始まり、翌朝の黎明に終わる。それは成就の時、主の復活の時である。キリストは、夜、生まれた。キリストが十字架上で苦しみを受けて死なれた時、昼は夜となった。しかし、イースターの朝早く、キリストは勝利者として、墓から起き出られた。
 …朝早い時間は、復活のキリストの教会のものである。夜明けと共に、教会は、死と悪魔と罪とが克服され、新しい生命と救いとが人間に贈られたあの朝を思い起こすのである。

 ボンヘッファーが語り継ぐように、教会は、「あの朝」、今日の箇所が証言する朝を思い起こしつつ、歴史を通じて、日曜日の朝に主の復活を記念して、礼拝を捧げ続けてきたのです。
 * * * *
 ボンヘッファーが書き残した「朝の祈り」という、有名な祈りがあります。とても長いもので、獄中書簡集『抵抗と信従』の中に祈りの全部が書き残されています。
 この「朝の祈り」祈りの冒頭を、今日の箇所と、そしてまたいまの私の心情に重ねながら読みます。

神よ、わたしは一日のはじめにあなたに呼びかけます。
私を助けて、祈れるように、
そしてわたしの思いをあなたに向かって集められるようにして下さい。
わたしには、ひとりではそれができませんから。
わたしのうちは暗い。しかし、あなたのみもとには光があります。
わたしはひとりぼっちです。しかしあなたは、わたしをお見捨てになりません。
わたしは臆しています。しかし、あなたのみもとには助けがあります。
わたしは動揺しています。しかし、あなたのみもとには平安があります。
わたしの中にはにがい苦しみがあります。しかしあなたのみもとには忍耐があります。
わたしにはあなたの道が理解できません。しかしあなたは、わたしの道をご存じです。


○繰り返し祈り、いつか告白へ
 今日の箇所で、マグダラのマリア、そしてペトロともう一人の弟子は、主イエスの遺体が既に墓にはないことは認識しました。しかし、それが何を意味しているのかまでを理解したのではありません。9節に「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」とある通りです。
 何かが起こり始めている、状況は大きく変化し始めている、しかしそれが何なのか理解できない…、しかし、そんな彼らを、闇の中に身を置く彼らを、朝の光が次第に、確実に包んでいきます。
 この復活の朝の情景を心に置いて、先の「朝の祈り」をまた自分の祈りとして繰り返し神に捧げ・届けながら、祈られている「しかし」の先、そこに告白されている信仰を、復活の光のもとに私の心に、いや我が身に深く深く響かせたいと願います。
 わたしのうちは暗い。わたしにはあなたの道が理解できません…しかし、あなたのみもとには光があります…しかしあなたは、わたし、そしてわたしたちの道をご存じです、そう繰り返し祈り、復活の光に包まれて、いつしかしっかりと告白できるまでに至っていきたいと願います。