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礼拝説教(テキスト)

2013年4月7日(復活節第2主日)

「いつやるか?」

  コリントの信徒への手紙二 8章8〜11節

    古賀 博牧師


聖書〉コリントの信徒への手紙二 8章8〜11節
8:わたしは命令としてこう言っているのではありません。他の人々の熱心に照らしてあなたがたの愛の純粋さを確かめようとして言うのです。
9:あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。
10:この件についてわたしの意見を述べておきます。それがあなたがたの益になるからです。あなたがたは、このことを去年から他に先がけて実行したばかりでなく、実行したいと願ってもいました。
11:だから、今それをやり遂げなさい。進んで実行しようと思ったとおりに、自分が持っているものでやり遂げることです。


○パウロによるエルサレム教会への援助要請
 今日はコリントの信徒への手紙二の8章の中段部分を読んでいただきました。
 この箇所でパウロが問題としているのは、エルサレムに立つ教会に所属しているキリスト者たちを助けるための募金、あるいは献金運動に関してです。この手紙の8章から9章にかけて、この募金運動を巡る事柄がまとめて記されています。
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 エルサレム教会とは、主イエスの兄弟ヤコブを中心として成り立っていた、当時のキリスト教会における、本山の教会でした。エルサレムというユダヤの中心地に立てられていたこの教会は、ユダヤ教的環境に取り囲まれていましたので、当然のことながらさまざまな迫害を余儀なくされたのでした。当時のキリスト者たちは、ユダヤ教への異端者として扱われ、苦しい生活を強いられていました。
 エルサレム教会を覚えて祈ることはもちろんのこと、具体的には経済的な援助をし、彼らを支えるということが、異邦人教会に広く求められたのでした。こうした支援の執り成しを積極的に行ったのがパウロでした。
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 エルサレム教会の信者たちはユダヤ人でした。よって、同胞から厳しい迫害を受けながらも、信仰のあり方や考え方にはユダヤ教的な形質が継続されており、異邦人へ根強い偏見を払拭できない人々も多くあったのです。こうした感覚や事情から、エルサレム教会には、パウロによる異邦人伝道に対する強い反発も根強くありました。
 出発したばかりのキリスト教会でありますが、ユダヤ人教会と異邦人教会とは相容れず、争いによって分裂するとの危機に瀕していました。
 パウロは、両教会が分裂するようなことがないようにと、主にある交わりの証として、異邦人教会が一致協力して、エルサレム教会を援助するようにと提案しました。この援助の活動を通じて、ユダヤ人キリスト者たちが異邦人キリスト者たちを少しでも理解し、両者が一つとなっていくきっかけにしたいと願った故です。

○「愛の純粋さ」=信仰の原点への立ち返りを求めるパウロ
 コリントの教会は、極めて厳しく乏しい人的・財的な状態から出発した群れでした。ところが、極めて短期間で成長し、ヘレニズム世界にその名を大きく轟かせたと言われています。
 そのようなコリント教会は、パウロの求めに応じて、いち早くエルサレム教会を支援するための募金活動を始めました。ところが、まだ十分な成果を上げていないのに、募金活動への熱意が冷め、無関心へと傾いていったようなのです。
 そこで、パウロはもう一度この募金活動が、コリントの教会において始まってほしいと願って、勧めをなしています。パウロが深く願っているのは、コリントの教会の人々が、自分から命令されて募金運動を再開するということではありませんでした。この点についてきちんと、またはっきりと分かってほしいと、8節にパウロは「わたしは命令としてこう言っているのではありません」と記しています。
 コリント教会の創設に深く関わってきたパウロが命令するならば、渋々であっても必要な分だけの献金は集めることは可能であったのであろうと考えられています。裕福で有力な信徒がコリント教会には多く集っていたからです。
 しかし、無理に、また強制されてというのではなくて、「愛の純粋さ」から出発してほしい、つまりは信仰の原点への立ち返りから始めてほしい、そのようにパウロはコリントの教会の人々に求めたのでした。

○パウロの語る「主の貧しさ」とは
 9節に記されている事柄が重要です。パウロはこう宣べ伝えています。
 「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」。
 ここでパウロは、彼自身もまたコリントの教会の人々も、その皆が深く味わい、慰めに満たされてきた「主イエス・キリストの恵み」を示しています。それは、豊かであった主が貧しくなられたこと、それは私たち人間への愛と救いとを貫くためであったということです。
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 「主の貧しさ」に関して、フィリピの信徒への手紙2章の「キリスト賛歌」から確認しておきましょう。2章の6節以下をお読みします。
 「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです」。
 この一連の告白を「キリスト賛歌」と呼んでいます。これは、初代教会における簡潔な信仰告白であり、この告白は賛美歌とされ、メロディーの乗せて歌われていたのだと言われています。
 告白の直前、1節から5節までを見ていただくと、そこには実に深刻なフィリピ教会の直面していた状況が記されています。利己心や虚栄心が教会に目立ち、相手へ敬意を払うことを怠るような言動が蔓延っていたようです。
 こうした教会に対して、そこに集う人々に対して、パウロは当時、よく知られた信仰告白を含んだ賛美歌を示し、主イエス・キリストの真実を明らかにし、この主の恵みにこそ立ち返ろうではないかと求めたのです。
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 「キリスト賛歌」で最も重要なのは、「キリストの謙卑」という事実です。神と等しい存在であった、キリストは栄光の姿から多くのものを削り落とし、へりくだって人間と同じ存在となり、しかも僕(奴隷)となって、一人ひとりの人間に仕えるあり方を示されました。
 「キリスト賛歌」にあるように、主イエス・キリストは、高見に立って、ただ有り難い教えを上から垂れる、そうしたあり方で、この世に、また人間に臨まれたのではありませんでした。低きに立ち、泥にまみれるようにして、自分の手と足とを汚し、人々に仕えるという形で、極めて具体的にこの世に、私たちの間に生きてくださったのです。
 主イエス・キリストが謙って、仕え尽くして歩まれたこと、栄光を捨て、私たちと同じ痛み・苦しみを味わい、私たちの罪のために十字架へと進んでくださった、この主の貧しさの中に示された愛にしっかりと与り、ここに表されている恵みを実感すること。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」とのみ言葉は、そのような信仰へと私たちを導こうとしているのではないでしょうか。

○いつも対岸を歩く評論家
 先般、新聞を見ておりましたら、書籍の広告に、言葉を巡るアスリートの本が並んで紹介されていました。
 一冊は、元日本代表のサッカー選手・中澤佑二さんの『自分を動かす言葉』、そしてもう一冊は、現在、プロ野球の北海道日本ハムファイターズの監督を務める栗山英樹さんの『伝える。〜言葉より強い武器はない』です。アスリートたちの現場、トレーニングや重要な試合などに際して、言葉というものがどんな機能を果たしているのか、興味深く思いまして、早速にこれらを入手したのでした。
 まだきちんと読めてはいないのですが、栗山監督の著書の前書き部分だけからも、さまざまに考えさせられました。「批評家は、いつも対岸を歩いている」と題して記されています。
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 始まったばかりの新しい2013年のシーズン、北海道日本ハムファイターズは、調子がよくありませんが、このシーズンのチームスローガンは「純 −ひたむきに−」なのだとのこと。チームスローガンの題字は、北海道富良野在住の脚本家・倉本聰さんにお願いしたと書かれています。倉本聰さん、純とくれば、『北の国から』ですね。栗山監督は、実はこのドラマの大ファンだと書かれています。
 ある時、倉本さんと対談する機会を与えられたというのです。演劇やドラマなどについてのお話、その時に深く心に残り、以来、さまざまな場面で思い起こす言葉がある、それが「批評家は、いつも対岸を歩いている」というものだというのです。
 倉本聰さんはこう語られたのだそうです。

 “批評家は、いつも川の流れの向こう側を歩いている。こちら側に立つ、創る側の我々とは、決して重なることも、交わることもない。批評は誰にでもできるが、どこまでいっても彼らは批評するだけである”。

 こう読んで、自分のあり方や信仰について、鋭く問われているように感じました。言うだけはダメだと若き日から強く願ってきましたが、いつの間にか、そうした状態にとどまってしまっていたり、知らず知らずの内に批評家・評論家となりさがってしまっている自分を発見します。

○「感性の完成」を導く行動
 現在、金城学院大学の学長となられた柏木哲夫というキリスト者医師がいらっしゃいます。長く、淀川キリスト教病院で、ホスピスの立ち上げに取り組み、そこで末期ガンの方々の看取りの業を行っておいでになりました。
 近著『いのちへのまなざし』に、その大学での、航空会社と提携しての客室乗務員育成プログラムの様子が書かれていました。
 その航空会社では、新人客室乗務員に先輩の教育担当者が、自分の経験からお客さんに喜んでもらえたエピソードを伝えきかせるとのこと。これが最も教育効果が高いと言われているそうです。ある教育担当者は、研修の際、必ず次のような体験を話すのだと記されています。
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 生まれつき重度の心身障害のある息子さんを自宅で介護し続けてきたご夫婦がありました。障害を抱えた息子さん、40歳にて肺炎で急逝されたとのこと。このご夫妻は息子を失った悲しみを抱え、喪失感の中、長く自宅に閉じこもるような生活を送られます。ある時間が経過して、これではいけないと、息子の写真を帯同して、夫婦していろいろな所に旅行するようになったというのです。ここから本を読んでみます。

 “ある日、空の旅の時、「左の窓から富士山が見えます」と機内アナウンスがあったので、お母さんは早速写真を撮りだして窓際に立てかけました。息子さんにもぜひ富士山を見せたいとの思いからでした。その時、飲み物サービスをする客室乗務員が回ってきて、お二人はジュースを注文しました。客室乗務員は二人にジュースを私、その後、もう一つのコップにジュースを注ぎ、「窓際の方にもどうぞ」と言って、差し出したそうです”。

 このご夫妻は、飛行機を降りてすぐに、航空会社の事務所を訪ねて、感謝の言葉を残したということです。
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 こうした話を紹介した上で、柏木哲夫医師は、感性というものについて研究している社会心理学者から学んだことについて記しています。
 感性には三要素があるというのです。それは気づき、感動、行動の三つ。何かを見たり、聞いたりした時、これまでとの違いに気づき、感動する、でもここで止めるのではなくて、続いて行動する、この行動によって感性というものが一つのまとまりとなる、これが感性の完成なのだと記されています。
 熱心なキリスト者である柏木医師は、ここで「ヤコブの手紙」の言葉を想起していらっしゃいます。「ヤコブの手紙」2章14節に「わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか」と宣べ伝えられています。この聖書の言葉を想起しつつ、神の恵み、あるいは主の愛への気づき、感動があっても、そこで止まってはならない、それを行動へと移す、これが聖書の求める信仰なのだと語り継いでいらっしゃいます。

○いつ真実な信仰に歩み出すのか、「いつやるか?」
 信仰において、いつも対岸を歩く、批評家となってはならない、このことを自分自身に言い聞かせなくてはなりません。信仰にも、柏木哲夫さんが取り継がれている感性の三要素と同様に、気づき・感動、そして行動が必要ではないでしょうか。
 どんなに小さくても、どんなに微かであっても、聖書から学び・聴き取ったことを、私たちの生活の中に活かす、聖書のみ言葉に照らして信仰に生き、日常生活を通じての証しに歩む、このことを課題としたいと願います。パウロも「だから、今それをやり遂げなさい。進んで実行しようと思ったとおりに、自分が持っているものでやり遂げることです」と勧めています。
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 この主日から、新しい2013年度の歩みを、私たちは始めてまいります。聖書から学び・聴きとった信仰に真実に生きたい。しかしそれはいつも先延ばしにされていて、いつ始めるのかがはっきりしない、それが私たちの現実です。そんな不確かな思いを捨てて、いつ真実な信仰に歩み始めるのか、「いつやるか?」、この問いへの答えをそれぞれの内にしっかり、そしてはっきり響かせながら、今年度の歩みを共々に進めてまいりたいと願います。