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礼拝説教(テキスト)

2013年4月28日(復活節第5主日)

「告白が本物となるまで」

  マルコによる福音書 8章27〜30節

    古賀 博牧師


聖書〉マルコによる福音書 8章27〜30節
27:イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。
28:弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます」。
29:そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです」。
30:するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。


○フィリポ・カイサリア地方
 今日はマルコによる福音書の8章27節以下を読んでいただきました。
 この箇所から8章の終わりまでには、マルコによる福音書の最も中心的なメッセージが置かれています。
 * * * *
 27節は「イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった」と書き出されています。
 フィリポ・カイサリアという町は、ガリラヤ湖からさらに北に20キロの距離にあり、ユダヤの北の端に位置しています。ヘルモン山の南麓にあり、言わば辺境の地です。
 紀元前3世紀に、パーンという神に捧げられた聖所がここに置かれました。パーンとは、羊飼いと羊の群れの監督する牧羊の神です。パーンの聖所は洞窟に設けられ、ここの泉から清流が流れ出て、ヨルダン川の水源の一つとなっています。この流れは、南下してガリラヤ湖へと流れ込みます。かなりの水量の水が湧き出ているそうです。
 元々はローマ皇帝領であった町ですが、皇帝アウグストゥスがここをヘロデ大王に与えます。ヘロデ大王は、パーンの聖所の近くに神殿を建て、新たにパネアスという名の町としました。後にヘロデ大王の息子フィリポがこの神殿を美化拡張して、当時のローマ皇帝に奉献し、今度はカイサイアという名称の町となります。既に西の海岸線にカイサリアという名前の町がありましたので、この町は特別にフィリポ・カイサリアという名前がつけられたのです。

○異教の神々の像を見つめながら
 このようにこの町はユダヤの北の果てです。しかし、町自体はかなり豊かで、ローマ・ヘレニズム文化の影響が色濃く、異教の神々の像なども沢山立っていたものと考えられています。
 こうした異教の神々の像を共に見つめながら、27節の後半にあるように、イエスは弟子たちに「人々は、わたしのことを何者だと言っているのか」と問われたのだろうと想像されています。 
 主イエスは、これまで自分が何者なのかということを語っていらっしゃいません。自らが何者かを一切明らかにしていない中で、こうした問いが発せられたのでした。
 ある注解者は、これまでの教えと業との積み上げから、自然とイエスがどんな存在であるか、ここでのペトロの告白を導き出すに十分な描き方がされていると、マルコによる福音書の構成を分析しています。確かにそうした構造・構成を、この福音書は持っているように思えます。
 28節で弟子たちはこう答えています。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます」。これまでのイエスの言動を見て、人々はさまざまなことを彼に対して言っていたようです。
 イエスのことを、既にヘロデに殺されたバプテスマのヨハネの生き返り、再来だと言う人があり、また、紀元前9世紀に活躍したエリヤという有名な預言者に例える人もありました。 その他、「預言者の一人だ」という人もあったとのこと。預言者とは、神の神託を受け、これを民に告げる役割を担っていた者で、力ある預言者は、神の人とも呼ばれました。

○今も私たちに投げかけられている問い
 29節にはこうあります。「そこでイエスがお尋ねになった。『それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか』。ペトロが答えた。『あなたは、メシアです』」。
 この問いは実にストレートなものです。通常ならば、こう問いかけられて何らか逡巡・躊躇するのではないでしょうか。ところが、ペトロは即座に答えたようなのです。これは実にペトロらしい、おっちょこちょいで気分屋の彼をそのままに表しているのではないでしょうか。
 そんなペトロは、「あなたは、メシアです」と応えたのでした。
 メシアとは油注がれた者。旧約の時代、王や祭司などの任職に際してオリーブ油が用いられ、特別な職務を神から与えられた者を油注がれた者と呼びました。後にイザヤなどの預言者によって、終末に神から派遣される救済者(解放者)として宣べ伝えられるようになります。
 * * * *
 「サムエル記下」7章に、「ダビデ契約」というものが記録されています。ダビデの子孫から、神に選ばれ、国を再興する者が出て、その王座は永遠のものとなるとの預言です。こうした語りを背景に、ユダヤ人の間には、ダビデの家系から生まれ、エルサレムを異邦人から解放し、ダビデ王朝に優る栄光と繁栄を回復する、地上の支配者(王)としてのメシアが待望されていました。
 福音書が描かれた当時の状況に照らすならば、ローマ帝国の植民地支配を覆し、イスラエルの民たちを政治的に解放する、そんなこの世の権力を大きく持つ王が期待されていました。
 * * * *
 ペトロは、イエスをメシアと称しています。たぶん彼は、師であるイエスを喜ばせようという気持ちを持っていたのではなでしょうか。真実の思いも多少は含まれていたとしても、気分の一時的高揚や期待・憧れから、メシアとイエスを称したのではないでしょうか。
 こうしたペトロの真実をご存じの故に、30節には「するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた」のでしょう。「戒められた」はエピティマオーという言葉で、「怒鳴りつける、叱りとばす」という、かなり強い意味を持つ言葉です。
 期せずして全うな、ある意味、大正解を導き出してしまったペトロですが、その告白はそのままにはイエスに受け入れられなかったのだと、この箇所は証言しています。
 * * * *
 この箇所できちんと捉えたいことは、29節で弟子たちへ向けられている主イエスの問い、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」でしょう。この問いは、福音書を読む一人ひとりへといまも鋭く投げかけられています。主イエスは私たち一人ひとりにも、繰り返し「それでは、あなた…はわたしを何者だと言うのか」と問われているのです。それぞれの歩みを通じて、この問いにどう真実に答えていくのか、これが私たちの課題となります。

○私の体験より/東神大の面接試験
 日本キリスト教団出版局から『牧師とは何か』という本が出ました。18名の牧師たちがさまざまな論文を寄せた本で、私も一部担当するようにと言われ、「牧師の生活」という証を書きました。随分と悩んで、主に前任地である山口信愛教会での13年について記したのでした。
 私の牧師としての歩みは、この早稲田教会での伝道師・副牧師としての奉仕から出発し、何と今年で23年となります。その中で、どうしてもこれは記しておかねばならないと思っていたのは、召命の経緯、特に神学校入学時のことです。召命感に欠け、幼稚な憧れや熱にうなされるような感じで神学校へ進むことを希望したのです。それが故にすぐに躓き、結果として何年も留年するということになりました。一時期は、神学校を辞めようとばかり考えていた、そういう時期がありました。
 * * * *
 東京神学大学へ3年編入を願っての試験、1日目は学科試験で、2日目が面接でした。この面接の時のことは忘れてはならないと思っています。
 面接会場には、高校から直接に入学を希望する者、また私のように大学を経て、あるいは社会人で献身を決意した者など、控え室にはざまざまな年齢の者が順番を待っていました。
 入室直前まで聖書から目を離さず、合間合間に深く祈っていた詰め襟の学生は、颯爽と面接に臨み、20分ほどの後、晴れやかな顔で戻ってきました。
 彼にどんな面接だったのかを恐る恐る尋ねると、これまで読んできた本について訊かれ、入学後の生活や学びへの希望を語るように求められたとのこと。なるほど、そういうことを訊かれるのか、彼から様子を聞いて、自分が語るべきことを整理しながら、どきどきして自分の順番を待ちました。
 面接会場では、長細い机の周りに数多くの教師陣が座っておられ、私が席に着くやいなや、正面に座っていらした教授が、先に願書と共に提出していた私の召命についての作文をさっとご自分の顔の前に掲げて、大きな声で次のように言われたのでした。
 「君は、召命感が弱いなぁ〜。この程度の思いで、神学校を受験しようなどと、よくも思ったものだ」。
 後に北森嘉蔵先生だと知りましたが、いきなり、開口一番にこう言われたのでした。
 その後に、召命の作文や小論文の誤字脱字などが他の教授によって指摘され、試験のできが悪いことなども、各教科ごとにあれもだめ、これもだめとぼろかすに言われて、他の人の半分くらいの時間で、面接は終了してしまったのでした。絶対に落ちたと思い、泣きそうな思いで、あぁここでの学びは夢に消えたなと、東神大を後にしました。
 今まで随分と笑い話にもしてきましたが、こうした体験が私の真実なる信仰への原点、また牧師の生活へ向かう出発点なのだと思っているのです。
 * * * *
 「あなたは、メシアです」と応えたペトロ。この告白にはどれだけ実質が伴っていたでしょうか。まだまだ本物でなかった、実に軽い告白であった、そのことを思います。このペトロの姿に、牧師に憧れて、そんな幼稚な思いで神学校を受験してしまった私の姿が重なります。
 ペトロは主イエスに怒鳴りつけられ、叱りとばされました。そこから新しい彼の信仰が始まっていったのです。私の召命というものもまさにそうでした。紆余曲折があり、とても長い時間がかかったのです。いつ辞めてもおかしくなかった、そんな情けない歩みを通じて、少しずつ召命感が確かにされ、信仰というものが段々と分かりかけてきている、それが実感なのです。
 それぞれの信仰が確かなものとされていくために、通りゆかねばならない道筋というものがあるだろうと思います。それは常に平安で恵まれた順風満帆な道筋ではなく、試練と言わねばならない、そんな歩みであることが多いようにも思います。

○ペトロの召命とその後の歩み
 今日の箇所で、「あなたは、メシアです」と応えつつも、主の叱責を受けることとなったペトロ。この人の招きに関しては、共観福音書はどれも同じように証言しています。ガリラヤ湖で漁師として働いていた、ペトロとその兄弟アンデレ、そしてゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネの4人は、主イエスから「わたしについて来なさい。人間を獲る漁師にしよう」との招きを受けたのです。主の招きを受けて、従い、共に旅をしつつ教えを受けたペトロ。
 このペトロは、選び・招きに常に忠実に、揺るぎない信仰に歩んだのでしょうか。そうではなく、主の十字架の前夜に三度も主を否んだ、そうした弱さや欠けの姿も知られています。
 * * * *
 関連して、「ルカによる福音書」22章31節以下を読みます。

 シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」。するとシモンは、「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言った。イエスは言われた。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」。

 あなたと一緒ならば、牢に入ろうとも、死ぬ目に遭っても、それでもよいとの覚悟がある、そんな決意を軽々しくも口にしてしまうペトロ。わが身が危険に晒され時、恐れに取りつかれ、こうした決意をペトロは容易に翻し、主イエスを三度も否んでしまうのです。そんな彼のことを理解し、受け入れてくださっている主は、「あなたのために、信仰が無くならないように祈った」と神に執りなす祈りを捧げ、弱さと欠けを抱えるペトロに、さらに「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」と使命を授けていらっしゃいます。ここに記されている主イエスの愛の深さ、これを受けることの恵み・慰めを思います。

○主イエスの祈りと神の計画に頼りつつ
 今日の招きの言葉としました、エレミヤ書29章11節にこう記されていました。

 わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。

 ここにも神の選びと招きに込められた、神のご計画とその御心が記されています。
 一人ひとりに神のご計画というものがあり、また聖霊の導きがあって、試練や苦難を経ながらも、「イエスは主である」と心から告白する、そのことへと次第次第に私たちは導かれていくのではないでしょうか。私たちの真実な信仰告白を、主イエスのあたたかな祈りが、また神のご計画が支え・導いてくださると信じて、少しずつにでも神に示され、歩むように求められている道をご一緒に辿ってまいりたいと願います。