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礼拝説教(テキスト)

2013年5月19日(聖霊降臨節第1主日/ペンテコステ)

「風に背を押されて」

  使徒言行録 2章1〜4節

    古賀 博牧師


聖書〉使徒言行録 2章1〜4節
1:五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、
2:突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
3:そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
4:すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。


○ペンテコステとは?
 今日は、今年度のペンテコステ礼拝です。ペンテコステとは、ギリシャ語で50番目という意味の言葉。ユダヤ教には、過越の祭から50日目に「七週の祭」と呼ぶ、小麦の収穫を祝う祭がありました。後にこの日は、十戒をはじめ、数々の律法が授与されたことを覚えて、律法授与の記念日として大切されるようになります。この「七週の祭」をギリシャ語に翻訳したのがペンテコステ。つまり過越祭から7週、つまりは49日を経過して50日目、という意味です。
 ペンテコステには、弟子たちへの聖霊の降臨と、またこの出来事によって力を与えられた彼らが、使徒へと変えられたことを記念します。そして、この使徒たちの宣教により、世界各地に教会が成立していきました。聖霊に力づけられた使徒たちの働きによって教会が誕生していったことから、ペンテコステは教会の誕生の日としても記念されています。

○五旬祭の日に
 主イエスの復活の後も、弟子たちはエルサレムに隠れ住んでいました。弟子たちのもとに現れた復活の主イエスはこう告げられたと、使徒言行録1章に記されています。
 「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」。
 こうした主の予言を、弟子たちはそのままには受けとめ得なかったことでしょう。ひっそりと隠れて、人目につかないように暮らしていた彼らには、エルサレムはおろか、ユダヤとサマリアの全土まで自分たちが出ていくことなど、予想すらできませんでした。彼らは、ただ主イエスの教えと思い出とを仲間たちの内でこっそりとあたため合っていたのです。
 * * * *
 このような中、彼らは五旬節を迎えます。このお祭りの日に、弟子たちは不思議な体験をしたのです。今日の箇所にこうに証言されていました。
 「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」。
 ここに聖霊が風のように、また炎の舌のような形で降ったとあります。
 主イエスがバプテスマのヨハネから洗礼を受ける場面では、「神の霊が鳩のように」降ってきたとも証言されています。こうした聖書の証言を踏まえて、聖霊降臨の出来事を記念して、教会は鳩を聖霊の象徴として用いてきました。
 そこで今日、教会の子どもたち・大人たちに名前や聖句を書き込んでいただき、また色づけもした鳩のモニュメントを、第一礼拝の途中でこの礼拝堂に吊しました。ご覧になってお分かりの通り、今も多くの鳩のモニュメントが礼拝堂に飛んでいます。こうした様を通じて、集う一人ひとりに神が今も聖霊をもって豊かに臨んでおられることを覚えたいと願います。

○聖霊の風を受けた弟子たち
 聖霊が注がれ、その力に満たされることで、弟子たちは使徒へと変えられました。そして彼らは、主イエスの預言の通りに、聖霊による励ましを受けて、地の果てまで主イエスの福音を宣べ伝えていく、そうした使徒としての歩みを始めていきます。
 主イエスが「エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」と語られた通り、彼らはそれまで隠れ暮らしていた家の扉を開いて、外の世界へと歩みを進めていきました。
 聖霊によって背中を押され、それまで思ってもみなかったまったく新しい歩みへと踏み出していく、聖霊の力と励ましを受け、聖霊に導かれる者たちの姿をここに見ることができます。
 * * * *
 心とからだいっぱいに聖霊の風を受けた弟子たち。脅え、冷えきっていたその心に神の息が吹き入れられ、心があたためられ、神の風を受けることで勇気が与えられ、その背中を押されるようにして、彼らは隠れ住んでいた家を出て、多くの人々に、いろいろな言葉で、主イエスの出来事とその教えとを伝えていく歩みを始めていきました。

○私たちの背中を押してくれる風
 前任の教会にて、50代の前半という年齢のお連れ合いを天国に送って、深い悲しみを抱え、これからどう生きていってよいのか、悩んでいるご婦人との出会いを与えられました。教会にお出でになるようになって、主イエスを知り、この方を信じて心新たに歩んでいきたい、そう願うようになりましたが、でもどうしても最後の一歩を踏み出すことができないでいらっしゃいました。
 ある夜、悩みを抱えたまま川べりを散歩をしていた彼女は、岸部を吹いてきた風に背中を押されたというのです。その風に押しだされるように、一歩、しっかりと踏み出すことができたとのこと。その時、「何を悩んでいるんだ、勇気を出して私と共に一緒にいこう」、そんな神の声が聞こえたように思った、あの風こそが私に注がれた聖霊だった、そう告白して洗礼を受けた方があります。
 聖霊の風によって背中を押される、こうしたことが、現代にも起こっているのだと思います。

○改めて小畑昌彦くんのこと
 2011年の3月11日、今から2年2ヶ月前に、私たちは東日本大震災を経験しました。この未曾有の出来事を通じて、一人ひとりの生き方が、信仰が大きく問われる、そんな体験をしたのでした。
 この事態への取り組みへといち早く対応したのは、早稲田大学YMCAであり、早稲田奉仕園でした。早大Yメンバーの呼びかけを受けて、三学舎で編成された早稲田学生寮チームは、被災直後から支援活動を始めました。
 繰り返し現地に向かい、医療品をはじめとした支援物資の運搬、また津波と火災の被害の酷かった岩手県の大槌町で炊きだしを行い、またその地の避難所で暮らす子どもたちへの支援活動を行ってきたのです。その活動は、岩手県の大槌町において、また宮城県の石巻市において、今も三学舎において継続されています。
 * * * *
 さて、こうした被災支援活動に積極的に関わったメンバーで、震災直後から何度も現地へボランティアとして赴いた小畑昌彦くんという、信愛学舎OBの学生がありました。
 教員志望の小畑くんでしたが、それまでの試験や活動では希望通りの道を拓くことができませんでした。そんな彼は、ボランティアと学びとを両立させながら、一昨年の夏、再び中学校教諭の採用試験に臨んだのです。そして、東京都と岩手県の採用試験に見事に合格したのでした。
 二つの合格通知を受け取って、青年はこれからの人生を考えて祈りを深めます。そんな中で、大震災以降に何度も訪ねた大槌町、あの破壊し尽くされた町の状況と、避難所で出会ったこどもたちを思いながら、岩手県での生活を選択していきます。それも、大槌・釜石地区の中学校への赴任を強く希望する、そうした決断をなしたのでした。
 小畑くんがこうした決断をしたと聞いて、私は深く感動し、彼の出来事、決断の背後に、神の風としての聖霊が、強く吹いたことを思わされたのです。
 聖霊によって背中を押され、それまでには思ってもみなかった新しい歩みへと踏み出していく者たちが、今この時にも起こされています。

○聖霊のよい風が吹きますように
 いまも新たに人に臨み、人々を励まし、導いていく聖霊の働きがあります。主イエスの弟子たちは、まさにこうした聖霊に導かれて使徒とされ、広く世界への宣教へと押しだされていきました。彼らとその宣教によって主イエス・キリストの福音にこころを動かされ、生き方を変えられた人々とが教会の形成していったのです。
 神の力としての聖霊は現在も豊かに働いています。私たちに新しいいのちを与え、勇気を奮い立たせ、迷いや惑いのただ中にも新しく確かな一歩を踏み出すことができるように、背中をそっと、それでいて力強く押してくれる風、そんな一陣の風としての聖霊は今も吹き、神さまを証し、私たちに豊かに臨んでくださいます。
 ここに集った一人ひとりに、聖霊のよい風が吹きますようにと、心からお祈りいたします。