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礼拝説教

2013年8月11日(信徒説教)

「いのちを預ける〜被災者支援ボランティアの経験から」

  ヨハネによる福音書 15章12〜15節

    片岡 平和 さん


〈聖書〉ヨハネによる福音書 15章12〜15節
12:わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。
13:友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
14:わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
15:もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。


○被災地や被災者の痛みを共に覚えるために
 片岡平和と申します。今日は信徒説教の機会をいただき、メッセージを担当することになりました。どうぞよろしくお願いします。
 現在の仕事で関わっている、被災者支援活動の話から始めたいと思います。
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 私は現在、この早稲田教会と同じ敷地内にある早稲田奉仕園で働いています。奉仕園はキリスト教を基盤にした公益財団法人として様々なプログラムを行っています。受付で配って頂いたチラシにある学生活動を、主に担当しています。大学生に向けて教育的なプログラムを企画し、学生が主体的に取り組む活動を目指してコーディネイトが主務です。昨年度からはインターンシッププログラムを取り入れ、学生と連携しながら仕事をしている日々です。
 奉仕園の被災者支援活動は、すぐご近所にある早稲田大学YMCA信愛学舎から誘いを受け、2011年3月末から緊急的な支援として開始しました。当初は岩手県釜石市にある日本キリスト教団新生釜石教会で活動をしていましたが、その後はもう少し北の沿岸部にある大槌町浪板という地域に入りました。浪板には約100世帯があり、私たちが継続的に関われる規模の集落だと判断したためです。2011年秋には、恵泉女学園大学と共にシクラメン300鉢を届けました。活動報告については、配布の『奉仕園通信』に載っていますので、ご覧ください。
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 後ほどお話しするように支援のボランティアに入った私たちは、地域の子どもたちや大人との触れあいの中で多くのことを得ました。先月末には奉仕園の留学生寮に住んでいる留学生や大学生とともに、浪板の子どもたちを招いて富士山へ登りました。また、今年度からは毎月第一土曜日に放射能汚染を避けるために首都圏へ自主避難してきたお母さんたちのネットワークと共に活動しています。首都圏への避難者は福島県だけでも7000人を超えると言われています。幼児や小学生が多いので、外で子どもと一緒に遊んだり勉強を教える学習支援、遠足の付き添いのボランティアを行っています。私たちの出来ることは小さいですが、震災と原発事故が人々にもたらした痛みを覚えて、活動を行っています。
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 今から2年5ヶ月前に起きた東日本大震災。私自身も皆さんと同じように、大変大きな衝撃を受けました。地元にいた家族がどのように過ごし、避難生活を経て、現在に至るかは、詳しく触れませんが、ここでは一つだけ私の体験をお話させていただきます。それは3月13日の日曜日、たまたま東京へ来ていた祖父母を乗せて、第一礼拝後にレンタカーで地元へ向けて走り出す時、教会学校に来ていた子どもから受け取った言葉でした。その子は私が車で地元へ帰るので「また会おうね」と言ってくれました。それは本当に何気ない挨拶、別れ際の挨拶だったのだろうと思います。しかし、その「また会おうね」という約束が私にとって、とても大きな支えになりました。ある教会員の方も日曜日に会うなり「震災のニュースを聞いてあなたのことを思い出しました。ご家族の方は大丈夫ですか?」と励ましてくださいました。早稲田教会の交わりの中に祈りがあること、その祈りが確かな支えになることを体験したひとりとして、いま、この場が与えられました。今日のメッセージが早稲田教会の皆さんの祈りと重なり、被災地や被災者の痛みを共に覚える機会になればと願っています。

○「命を捨てる」ではなく「いのちを預ける」
 今日のメッセージのタイトルは「いのちを預ける」としました。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、今日読んでいただいたヨハネによる福音書15章13節と照らし合わせています。
 15章13節に「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」とあります。まずは私なりにこの「命を捨てる」という言葉を紐解くこと、次に大槌町浪板の現状と支援活動を振り返って現在の私の想いをお話しします。最後に、共に生きるということの私の理解をお話ししたいと思います。共に生きるという言葉は、現代的な言葉遣いで言い換えることのできる、キリスト教の中心的なメッセージです。イエスであればいまの時代に誰と共に生きようとするのか、震災以前から私自身も心に留めていた問いですが、この問いをみなさんと共有し、持ち続けていきたいと願っています。
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 このヨハネ15章13節は早稲田奉仕園創立の基礎となった学生寮・友愛学舎の精神を表す、舎章です。1908年11月、アメリカの北部バプテストから派遣された宣教師、ベニンホフが友愛学舎を作ります。早稲田大学の大隈重信が欧米の大学生活と同じような環境を整えたいという願いを持っており、それを実現するためにはキリスト教に基づく学生寮を作ることだとベニンホフは考えました。今日配布したチラシにはそのベニンホフに敬意を表して、奉仕園のオリジナルキャラクター、ベニャンホフが載っています。
 この13節「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」の基本的な理解は、いくつかの学者の解説を読んで大方このように一致しています。まず語る主体はイエスであって、聞く主体は弟子たちです。そして、前後の文脈からイエス自身が友である弟子のために「命を捨てる」と言っていることが分かります。つまり、この主語はイエスであるという前提を外せません。そのため、この箇所だけを抜き取って人間に何らかの自己犠牲を求めるように解釈するのは誤りで、何よりも先にイエスが「友のために自分の命を捨てた」ということです。
 この意味において私の異論はありませんが、命を捨てるという言葉は強烈に聞こえますし、翻訳としての誤りの可能性があるのではないかと感じていました。この文脈で捨てると訳されている単語は、ティセーミというギリシャ語が元になっているようです。ティセーミの本来の意味は「置く」というもので、病人を床に「寝かせる」、顔に覆いを「被せる」、ひざを置くと言えば「ひざまづく」ことを意味しています。そして、命を置くとは「命を捨てる」ことだと表現され、また翻訳上の大方の了解を得ているようで、詳細については触れられていません。別の箇所で「捨てる」と訳される言葉もあります。それはアルネオマイという単語で、ペトロが三度イエスのことを知らないと言った、その関係性を捨てるという意味で使われています。
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 命を捨てるではなく命を預けると、私は敢えて聖書本文とは異なった言葉で読み解きたいと思います。なぜなら、聖書が示すイエスの生き方は自ら命を捨てるという否定的な翻訳に留まらず、むしろ目の前の人に命を分け与え、共に食事をするような豊かな共同体を作っていたからです。
 イエスは言葉だけではなく具体的な行為で人々を癒やしました。癒しの物語は一見、医療行為的と思われがちですが、癒しの行為は結果的にその人を新しい社会へ招くことを伴います。病が穢れとみなされて排除された同じ社会への招きではなく、イエスが促すのは新しい社会共同体です。それを当時の人々が慣れ親しんでいた神の国という言葉で表現し、真っ先に神の国へ入る者は社会から排除され抑圧された人々だとイエスは主張し続けました。
 イエスの誕生の物語にさかのぼっても、それは明らかに示されています。羊飼いは町から離れた不気味な場所、悪霊に取り憑かれやすい場所を転々として羊を飼い、律法に定められた安息日に休めない職業であること。東方の占星術の学者たちは当時の宗教と一体化した社会体制からは異教のものとして貶められた人々です。彼らは単なる登場人物として退けられるべきではなく、特定の職業や状況により人為的に社会から排除された者、つまり被差別者、被抑圧者です。イエスの生涯において濃密な関わりを持った人々が被抑圧者であると聖書は示しています。十字架という極刑で殺されるほど人々の怒りを買ったイエスは、神の愛が偏って、真っ先に社会で排除された者に示されると説いたからです。そのような主張は一見、いつの時代でも受け入れがたいでしょう。

○神は問う、「誰と共に生きようとするのか」
 東日本大震災は地震と津波という天災によって引き起こされましたし、被災地が現代の日本社会から排除されているとはただちに言えません。しかし天災であると同時に、被災地は政治の不作為という人災によって抑圧された状況にあります。2012年度までに組まれた復興予算19兆円の9割が被災地以外の企業に流れている状況で、被災地では医療機関の整備、瓦礫の処理や町の再建が遅れています。浪板の集落のすぐ近くには大手ゼネコンによる新たな道路建設が計画され、自分の家の庭や森が区分けされて手入れできないと嘆いている人が居ます。復興のための道路計画なら仕方ないという地域の人の良心につけ込むように無策な事業が進んでいます。
 心のケアについて言えば、人々の中に疑心が膨らんでいます。仮設住宅へのボランティアは多いが元々あった地域の家にはボランティアが少ない、仮設はなんでもボランティアにしてもらってる、子ども同士のいさかいを通じてなど様々なことが疑心のきっかけになります。そのような不満について、第三者的に丁寧に話を聞く立場の人が配置されていません。さらに具体的に言えば、おそらく震災直後に遺体を引き上げたり、現在も瓦礫運搬の仕事に傷つきながら従事している地域の大人に対してもケアが行き届いていないと思います。大人は自分で気持ちの整理ができますが、子どもたちの心のケアこそどうするのでしょうか?子どもたちは地震のたびにあの時の記憶がフラッシュバックし怯えます。通学路には津波でねじ曲がったガードレール、住宅の基礎しかない土地、茶碗の破片や子どもの靴などが今もあります。
 個人レベルだけではなく行政レベルでも困難があります。大槌町は役場ごと津波の被害に遭い、行政機関が麻痺した状態で仮設住宅への入居が始まりました。隣近所の人が遠くの仮設に入居して自治会も崩壊、津波で家を流されて息子家族と離ればなれになった。仮設の現地スタッフでさえ誰が住んでいるかも把握し切れない苦悩があります。
 これらの状況は支援活動に参加した学生たちの感想文から断片的に読み取ることができますし、私も何度か話を聞いてきました。私たちはその地で生活する者ではありませんので、子どもや大人の口から行き詰まった現実の一端に触れるとき、立ちすくみます。どのように答えて良いか分からず、どのような振る舞いが必要なのか戸惑い、自分にできることは何なのかを問いかけます。
 そのような立ちすくみ、戸惑い、自分自身を問うことに直面したとき、どのように理解すればいいのか、私の理解を端的に言います。被災した人々こそが、神の顔を持ちます。私たちは神の顔と出会い、私たちへ「誰と共に生きようとするのか」を神が問うています。その問いに対する答えは共感し共苦することです。私たちが被災した体験や現状の話に謙虚に耳を傾けるとき、共感し共苦することの可能性が開かれているのです。はらわたがねじ切れるような想いで共感し共苦したイエスの生き方、その生き方に重なる可能性が私たちにも開かれています。立ちすくむこと、戸惑うこと、自分自身を問うこと、それを蔑ろにせず神との出会いとして私は確かに持ち続けたいと願うのです。

○いま、神はどこに
 これは楽観的な答えに聞こえるかも知れません。なぜなら私たちの周りには、共感し共苦することとは対極な言葉が溢れているからです。「津波をうまく利用して『我欲』を洗い落とす必要がある」「これはやっぱり天罰」などと言い放ったのは当時の東京都知事でした。他者の苦難に想いを馳せないばかりか、人間を超える超越者について語る大変挑戦的な発言です。
 これに対して私は、今日、招きの言葉として読んでいただいた創世記の使信に立ちます。震災の津波とノアの箱船の洪水を一緒くたに同じ事象として考えることはそもそも誤りです。しかし、あの災害の悲惨さの前で神になぜ?と問うことも否めません。神がなぜこの災害を起こしたのか、神は何を求めているのかと問う。そのように問うならば、ノアの箱船の出来事から重要な点が学べると思うのです。
 創世記9章は洪水が起き、大地が乾いた後、神がノアを祝福する場面です。とくに11節以降、神は二度と洪水によって人や生き物、そして地上を滅ぼさないと契約をします。神は空に虹が架かる度にその契約を心に留め、思い起こすとノアに語りかけるのです。神が災害を起こしたのではない。それならば、私は絶望や苦境の中にあっても、神がどこに居たのか?そして今、神はどこに居るのか?という問いを立てました。そして、私は被災者支援活動の中で出会った人々の傍らに神が居ると感じます。
 * * * *
 津波が来ている間に「助けて」という声を聞いた子どもが居ます。神は、そのときの声を振り切って逃げた子どもの傍らにいて、子どもの足を強め、今はその子どもと共に苦しんでいるはずです。
 津波で幼い妹を亡くした子どもが居ます。神は、妹のことを思い出し、理不尽な出来事に嘆く小さな心を見て、今、どうにかしたいと苦しいでいるはずです。
 息子がまだ見つからないと悲しんでいる大人が居ます。神は、その大人の傍らで、今も共に涙を流しているはずです。
 人も家も飲み込まれて、何もできなかったと悔やむ大人が居ます。神は捜索の手伝いで海に行き何人もの遺体を運んだ、その手を握りしめ、今も擦っているはずです。

○命を預けられた者として
 なぜこのような苦しい記憶を私たちボランティアに来た者に話して下さったのでしょうか。ボランティアというのはなかなか難しい存在です。震災直後には泥棒に近い存在と思われていたり、他者の利益のための自発的な行動が理解されないことも多いからです。
 しかし、それでもまず最初にあったのは被災した人たちからの信頼、自分の命を私たちに預けるということでした。イエスの言うように、私たちを友として認め、その友のために自分の命を預けたことが先立っているのです。
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 緊急的な支援で行った炊き出しのとき、私たちの作った料理に命を預けて、食べてくれたのだと思います。
 仮設住宅や地域の住宅に招き入れられて話を聞く機会を得たとき、この人たちなら家に上げても大丈夫と命を預けてくれたのだと思います。
 被災した自分の境遇について話してくださるとき、この人たちなら話しても良いと信頼し、目の前の私たちに対して自分の人生に関わってもらいたいと。人生life、命を預けてくれたのだと思います。
 私たちの小さな作業に対する「ありがとう」という感謝の言葉を伝え、あなたたちがここに来てくれたことが嬉しいと私たちの存在を肯定し、地域の人たちの生活を託してくれた。生活=life、やはり命を預けてくれたのだと思います。

○イエスの福音に応えて
 被災した体験を持つ人々は自分の感情を身近な人とともに語りあわずにはいられない状況でしたし、いまもそのプロセスの中にいます。そのプロセスに関わる者は勇気をもらいます。学生の感想を読み、一人ひとりの心境がどのように変わっていったのかを追ってみていくと、こう感じるのです。
 困難な状況に置かれた経験を持つ者の普遍的なわざ、人間の精神的な崇高さ・気高さに触れることで私たちは大きく変わる。そこには自分と他者の違いは少なく、共感共苦することで一体になる可能性が開かれています。自らの状況が大変苦しく諦めそうになるが聞いて欲しい、そして同じような想いをしている他者が居るから忘れないで欲しい。私もその他者を放っておけない。そこには自らの状況だけではなく社会全体を抜本的に変えようとする意思が芽吹いています。私は被災者支援の活動に限らず、出会った人からその意思を感じ取るとき、この人たちと共に生きていきたいと願うのです。
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 イエスの宣教活動が始まったのは、繁栄を謳歌した都の北にあるガリラヤでした。自然も豊かで美しい場所は同時に搾取の対象になります。異邦人のガリラヤとあるとおり、そもそもガリラヤという言葉自体が社会の周辺を意味するとも言われます。経済的には貧しくされ、政治的には抑圧され、人々からは蔑まれるのです。そのようなガリラヤがイエスの復活の出来事の中でも重要な場所だと示されています。
 福音書にある復活の出来事の中でこのような言葉があります。『あの方は、あなた方より先にガリラヤへ行かれる。かねて言われていたとおり、そこでお目にかかれる』
 これはイエスの葬られた墓に行ったマリアたちが、イエスの遺体を探しても見つからず、墓にいた若者に尋ねたとき、その若者が答えた言葉です。イエスの遺体がどこに、ティセーミ・置かれたのか、とマリアたちは聞きます。イエスがいのちを預けた弟子たちは、ガリラヤへ行くようにと促されるのです。
 いま、私たちは都の北にあるガリラヤを日本のどこであると言うべきでしょうか。復活したイエスに、そして神の顔にどこで出会うのでしょうか。被災者支援活動を続ける中で、共に生きることを考えていきたいと思います。そして、イエスと弟子が作り上げたような共同体の豊かさを、この早稲田教会に集う私たちも実践していきたいと願っています。
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 今日の聖書箇所の続き、16節にはこうあります。

 あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって神に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。

 私たちが出かけて行って結んだ実は、互いを大切にし合うこと、それが神の願っていることだと、イエスは今も語りかけています。