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礼拝説教

2015年12月20日 クリスマス礼拝 説教

「危険・避難・拒絶」

  マタイによる福音書 2:13〜23

    古賀 博牧師

〈聖書〉マタイによる福音書 2:13〜23
13:占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」14:ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、15:ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
16:さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。
17:こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。18:「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、/慰めてもらおうともしない、/子供たちがもういないから。」
19:ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、20:言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」
21:そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。22:しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、23:ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。


○厳しい現実をも含むクリスマス物語
 本日、私たちは2015年度のクリスマス礼拝を迎えました。救い主イエス・キリストのご降誕に感謝しつつ、御子をこの世に与えられることを通じて、今、私たち一人ひとりに語りかけておられる神のみ声に、共に耳を傾けたいと願います。
 * * * *
 今日は、マタイによる福音書の2章13節以下を読んでいただきました。
 通常、クリスマスの物語としては、この福音書では1章でのヨセフへの天の御使いによるイエス誕生の預言、そして2章の12節までがよく読まれているのではないでしょうか。マタイ福音書の2章の前半には、東の国の博士たち、占星術の学者たち(マギ)のユダヤ来訪と主イエスとの出会い、彼らによる礼拝が証言されています。
 2章1〜2節に次のようにあります。「1イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、2言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです』」。
 たぶん東方のペルシャから来たのであろうこの占星術の学者たちは、強く輝き出した明るい星を空に発見したのです。この星の出現の意味を自分たちの術に活かすべく、調査と解明のためにユダヤへと到着して、ヘロデ王を訪問したと考えられます。
 ヘロデ王は彼らの話を聞き、即座に祭司長や律法学者を集め、預言を通しての証言を求め、ユダのベツレヘムとの預言があるとの情報を得ます。預言の言葉に従い、ダビデの町であるベツレヘムへと至った占星術者たちは、そこで生まれたばかりの幼子イエスに出会い、黄金・乳香・没薬を捧げ、礼拝して帰っていきます。
 占星術者たちの語りにヘロデ王はどんな感じを抱いたのか、3節にこうあります。
 「これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった」。
 自分に代わる新しい王の誕生という事実を恐れ、自分が追い落とされることを避けるために、ヘロデは不安の内に、その権力を傘にきてとんでもない所業へと至ります。
 その行いが16節に記されています。「さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」。
 当時のパレスチナ地方の人口を踏まえて、この幼い男の子の虐殺は百数十名にも昇ったであろう、と推察する人があります。百名を超える幼い子どもたちの命が、王の心情、その命令により容赦なく次々に奪われる、何とも悲惨で、血なまぐさい、こうした出来事がマタイ福音書のクリスマスの物語には描き出されているのです。
 とかく私たちはクリスマスを、明るく楽しい出来事として思い描いてしまう傾向があります。しかし、マタイ福音書には、ヘロデ王による幼児虐殺が証言され、この惨劇を避けるため、エジプトへと難民として逃れていく家族の姿を記録しています。
 ルカによる福音書にも違った証言がありますが、そこにはローマ皇帝の命令に翻弄される若い夫婦と初子の出産の顛末が描かれています。ルカ福音書の2章の7節には「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」、口語訳では「客間には彼らのいる余地がなかったからである」という実に厳しい現実を語り継ぐ証言が印象的です。周囲、あるいは親戚筋からの実に冷たい扱いや仕打ちの中に、彼らは家畜小屋へ追いやられ、そこにおいて誰の手も借りずに夫婦のみで初子を出産したというのです。

○エジプト避難とヨーロッパ民衆の体験
 ある本によると、今日読んでいただいたエジプトへの避難の場面は、中世のヨーロッパにおいて、民衆に最も好まれたクリスマス物語だったとのこと。当時のヨーロッパには、戦乱や疫病を避けるために、難民となって遠い地へと流れ、馴染みのない土地で暮らさざるを得ないという事態が繰り返し生じたとのこと。こうした中、先住の者たちから拒絶されたり、迫害されたりの危険に直面しながらも、何とか生きていかねばならない、そんな人々が多数あったのでした。
 こうした人々にとって、我らが信ずる救い主も赤ん坊の時、我らと同じ難民生活を送った、危険を逃れ、避難・困窮を余儀なくされ、また周囲から受け入れを拒絶されたこともあったとは、彼らの生活実感に照らしても親しむことが可能でした。この場面を愛してきた人々が多数あるとのこと。
 エジプト避難を巡っては幾多の絵画が描かれ、その数からも、この出来事を通じてキリストの真実をわが身に引き寄せ感じてきた歴史を思わされると語られています。
 * * * *
 今年のアドヴェント、クリスマスへと向かう歩みの中で、今日の聖書証言に重ねるようにして、私たちもまた、それぞれの心に中東やアフリカの各地からヨーロッパへと流入し続けている数多くの難民たちのことを覚えてきたのではないでしょうか。
 11月にフランスのパリで起こった同時テロの影響もあり、ヨーロッパ各国の受け入れ態勢に、今現在、さまざまに変化が生じているとも聞いています。
 難民たちの受け入れを表明したドイツ、スウェーデン、イタリア、フランスへと向かう道すがらの各国の通過、その受け入れ・受けとめなどを巡り、心痛む事件の数々も起こりました。9月にはトルコの海岸に打ち上げられた、3歳の子どもの水死体。難民満載の船が沈没して子どもが溺れ死んだ、そんな写真が世界に衝撃を与えたのでした。
 同じ9月、難民の国内通過の制限を発表したハンガリーは、国境にフェンスを設置しました。またこの国の極右のテレビ局の女性カメラマンが、ハンガリーの草原を通過していく難民たち、ひとりの母子に足をかけ、冷酷にも子どもを蹴り飛ばすように転ばすという映像がテレビに流れ、多くの人々の心にショックを与えました。
 同時期、最も積極的に難民の受け入れを表明したドイツでは、小さな子どもたちが「このぬいぐるみを」「この服を」「このお菓子」を難民の子どもたちに手渡すのだと、駅で難民たちの乗った列車の到着を心待ちにしているという映像も流れました。
 私たちが生きているこの時代、今まさに危険に瀕して、否応なく避難せざるを得ない多くの人々があります。悲しいことに、そうした者たちの受け入れを、さまざまな理由でもって拒絶してしまう、あるいは彼らを殊更に排除しようとする力がこの世に働いているとの現実をも、私たちは自らの課題として見つめなければなりません。

○ヨセフの信仰に
 ある人の説教集を読んでおりましたら、ヨセフの沈黙と従順について指摘されていました。マタイ福音書の1章から2章にかけて、ヨセフは大変に重要な役割を担っていますが、一言も言葉を発してはいません。静かに御使いの言葉や事態を受け入れ、神の御旨に従順に歩んだのだというのです。1章2章に登場しただけで、後はもう出てきませんので、ヨセフは若くして死んだのではないかとも言われています。
 多くの人々が言葉少なく、記述も僅かなヨセフを巡って、想像力を豊かに働かせています。その多くは、静かに事柄や事態を受け入れ、とにかくも妻マリアと幼子イエスを守ろうとした、そんな存在だとヨセフを考え、捉えてきたようです。
 コンラート・フォン・ゾーストというドイツ人画家の絵に、「キリストの生誕」というものがあるそうです。1404年の作とのこと、ネットで調べるとこんな絵がヒットしました。ネットの写真を拡大しましたので、実に粗い印刷ですが、この絵には馬小屋で生まれた幼子を抱くマリアと、母子が休むベッドの下で必死に薪に息を吹きかけて、お粥を作っているヨセフの姿が描かれています。こんなヨセフの姿を私は初めて見ました。この絵には、産後のマリアを気遣い、這い蹲ってまで彼女のために火を起こし、小さな鍋でお粥を作っているヨセフの姿が印象的に描かれています。
 また、19世紀末から20世紀に活躍した彫刻家エルンスト・バルラハ。この人もまたドイツ人ですが、このエルンスト・バルラハの作品に、エジプトへの避難途上の聖家族の姿を刻んだ「避難途上の休息」と題されて木彫りの一作があるとのこと。これもネットで調べるとこんな画像が出てまいりました。上半身裸のマリアとイエスとを自分のマントで優しく覆い、一時、休ませようとしているヨセフの姿が刻まれています。
 絵画に描かれ、彫刻に刻まれたヨセフ、こうしたものは他にも数多くあるようですが、これらはヨセフを思う人々の信仰に根ざし、同時に確かな示唆を与えたようです。
 最初のクリスマス、実に小さく貧しいこの出来事が、幼子虐殺、あるいは避難生活の果てに家族が野垂れ死ぬという結末ではなかった、このことの背景には、無言のヨセフ、必死にお粥を作り、マントで母子を覆い・休ませる、そんな働きがあったのではないでしょうか。ここからキリスト者たちは、言葉少なくとも神の御旨へつき従っていく従順さ、ヨセフの信仰というものを読み取ってきました。そして、こうしたヨセフに、そのあり方に倣っていこうとの信仰を長年、静かに育ててきたというのです。

○難民受け入れへのドイツの人々の反応
 12月9日、アメリカの『タイム誌』が、年末恒例の「今年の人」としてドイツのメルケル首相を選んだと報じられました。欧州の債務危機や中東などからの難民受け入れに対する行動力を評価し、「多くの政治家であれば恐れることを自国に求め、暴政と安易な便宜主義の双方に立ち向かい、確固たる倫理的指導力が不足しがちな世界に、それをもたらした」ことが選出の理由だったとのこと。
 このメルケル首相の難民受け入れの方針にドイツ国民はどう応えたのか、ドイツ在住のジャーナリスト熊谷徹さんという方が、次のようことを書いていらっしゃいました。
 ミュンヘン中央駅には、9月5日と6日の2日だけで約2万人の難民が到着したというのです。駅前広場に設置された大きな6梁のテントで難民登録が行われました。
 柵で仕切られたエリア外に、数百人ものミュンヘン市民が集まっていて、長旅で疲れ切ったシリア人たちを拍手で迎えたとのこと。「難民の皆さんを歓迎します」というプラカードを手にする人、花束を持ったお年寄りがおり、母親に手をひかれた難民の子どもにチョコレートや玩具を渡していた人々があったそうです。人形をもらった幼い少女が嬉しそうな表情で飛び跳ねており、柵越しに難民の子どもを抱きしめる女性たち、ドイツ人たちの大きな歓迎の拍手に手を振って応える難民もあったというのです。
 熊谷徹さんは記事中にこうも記しておいでです。少しだけ記事から引用します。

 “今回ドイツ人たちの難民に対する態度を間近に見て、感動した。
 今ドイツでは「Willkommenskultur」(ウィルカメンスクラーツゥアー)という言葉が流行っている。日本語では「歓迎する文化」だ。難民を拒否せず、温かく受け入れるという姿勢が、今ドイツ社会のメインストリームになっている。もちろん、ネオナチのように亡命申請者の宿舎に放火する愚か者もいるが、彼らは社会の主流派ではない”。

 次のような件もあります。

 “難民収容施設が、特定の作業のためのボランティアを募集すると、あっという間に定員オーバーになるほどだ。難民のための衣類も大量に寄付され、仕分ける作業が間に合わないほどだという。困った人にこぞって手を差し伸べるドイツ人たちの姿勢は、感動的ですらある(多くのドイツ人は教会に行かないが、彼らの態度には、キリスト教に影響された倫理観、道徳心が強く感じられる)”。

 最後の一文には苦笑せざるを得ませんが、これがドイツ教会の現実です。でも、教会に行かなくても、先に紹介した絵や彫刻に表わされた精神は、民衆の素朴なキリスト教信仰を通じて、ドイツで長く・静かに育てられてきたのではないでしょうか。

○私たちの課題
 このクリスマスに、虐殺を避け、難民として避難したマリアとイエス、この母子を静かに支えたヨセフの姿を心にしっかりと置きたいと思います。いのちの危機に瀕して避難を余儀なくされる人々が世界にあり、その受け入れを拒絶する思いやひどい振る舞いも確かにあります。こうした世界の只中にあっても、祈り・信仰を新たに「歓迎する文化」の形成へと、苦しみ・悲しむ人々を受けとめ・受け入れることを自らの課題とし、クリスマスの恵みを具体的に証ししていく、そんな私たちでありたいと願います。

〈祈り〉
 主なる神さま、あなたの御子イエスの誕生を喜び、祝う、この礼拝に、愛する方々と共に集うことができ、感謝します。
 あなたは、救い主を人の子として、この世の現実の最中に遣わせてくださいました。それは真に「神は我々と共におられる」インマヌエルを証しする大いなる奇跡であり、恵みでした。そのことを心から感謝します。
 イザヤが預言したように、「見よ、闇は地を覆い 暗黒が国々を包んでいる」、まさにそのような世界に生き、光を求めて彷徨う私たちですが、あなたは「しかし、あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる」との確実な約束を与えてくださいました。このイザヤの預言が、クリスマスを通じて、確かなものとなったことを感謝し、その事実を喜び受け入れます。
 どうぞ、クリスマスの喜びを胸に、私たちキリスト者が、世の闇に飲み込まれてしまうことなく、クリスマスの光を写し出すことができますように。私たちの周囲・社会に主にある希望を語り継ぎ、光の方向をはっきりと示し、愛に生きることができますように導いてください。
 クリスマスの恵みの内に、多様性を認め合い、受け入れ合う、そんな文化や精神、確かで地道な信仰を形成し、それを具体的な生き方へと移し替えていけますように。