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礼拝説教

2013年7月28日(聖霊降臨節第11主日)

「またたび—アブラハムの巻」

  ヘブライ人への手紙 11章8〜16節

    古賀 博 牧師


〈聖書〉ヘブライ人への手紙 11章8〜16節
8:信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。
9:信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。
10:アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。
11:信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。
12:それで、死んだも同様の一人の人から空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように、多くの子孫が生まれたのです。
13:この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。
14:このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。
15:もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。
16:ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。


○神の約束を信頼して「旅」へ
 今日の箇所の内容は、旧約聖書は創世記に描かれている「族長物語」と密接な関係を持っています。「族長物語」というのは、創世記の12章以下に記されている一連の物語で、アブラハムにはじまる信仰の父祖たちの歩みの記録です。
 聖書巻末の地図を見ていただきたいのですが、最初はチグリス・ユーフラテス川の下流地域、メソポタミヤ地方、カルデアのウルにいたのがアブラハム一族です。神の啓示を受けて、彼らはこの地を出で立っていきます。
 アブラハムは、この神の呼びかけを受け、旅立っていく時点では、旅の目的地をはっきりと知らされてはいなかったというのです。
 * * * *
 アブラハムに最初に臨んだ神の啓示は、創世記の12章1節以下に記されています。

 主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし あなたを祝福し、あなたの名を高める 祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて あなたによって祝福に入る」。アブラムは、主の言葉に従って旅立った。

 同様の啓示はアブラハム物語の中に度々登場し、この神の啓示が「旅」に生きた族長たちを励まし・導いていきます。この神の御声に押し出されて、アブラハムも、また彼に続くイサク・ヤコブ・ヨセフも、その人生の大半を「旅」の中に過ごしました。
 族長たちの経験した「旅」はどれも、決して目的地へ一直線、その最短距離を進みゆくというものではなく、いつもジグザクで、紆余曲折に満ちた歩みでした。その行程には幾つもの困難があり、克服困難に思える試練や辛い別れなどなどにも出会わざるを得ませんでした。しかし、彼らは、神の約束を信頼して、「旅」の人生を続けたのです。

○途上に生き続けること
 創世記に続く出エジプト記も、荒野を40年間も彷徨った民たちの「旅」の姿を証言しています。旧約聖書の最初に登場するモーセ五書は、律法の書として知られていますが、そこに登場するのは基本的に「旅」する人間たちです。
 聖書信仰の出発を担ったこれらの書に、「旅」する者たちの姿が連続して示されていることは、とても興味深いことです。
 代々のキリスト者たちは、これらの族長たちや父祖たちの「旅」について、自分自身の人生や体験と重ねながら受けとめ、それぞれの歩みへの信仰的な示唆を受け取ってきました。
 * * * *
 出エジプト記の注解書に、この書の内容がどう受けとめられてきたのかについて、次のように記されていました。

“この(出エジプトの)旅程(旅路)は民を「途上に」置く。ここにあるのは過去の贖いの行為から約束の目的地に向かって進む共同体である”。

 神が契約を思い起こされ、この神に立てられたモーセの導きでエジプトから救い出されたイスラエル民たちですが、さらに約束の地・カナンへと向かい、長い旅を歩まねばなりませんでした。こうした民たちの歩みが、“この(出エジプトの)旅程(旅路)は民を「途上に」置く”と、実に印象的に言い方で語られています。
 語りは続きます。

“しかし、その約束はいまだ約束であって、成就ではない。また、目的地への到着が数日、数週間先ではなく、何年も先となる以上、心の拠り所が失われる。従って、この荒野の物語は、しだいに約束と成就の間に置かれた人々の物語となっていくのだ”。

 目的地への到着、いかに約束されているとしても、その約束が成就されるまでに時間がかかるために、非常に不安定な状態に人間は置かれるというのです。

“荒野はもはや単なる地理的場所ではなく、心の状態となる。さらにそれは信仰の生活の予型である”。

 荒野の「旅」は、私たち人間の人生や信仰への大いなる示しであり、神の約束の信じて生き、その成就を目指して進む「途上に」こそ信仰の歩みはある、このことを族長の旅や出エジプトの旅から、代々のキリスト者たちは学んできたというのです。
 * * * *
 出エジプトの「荒野の40年」の旅は、「不信仰から信仰への旅」と称されます。40年というのは、今から約3千年前の時代、ほぼ人間の一生に匹敵する長さを意味しています。出エジプトの旅に生きた人々は、生涯を旅の途上に歩みを続け、厳しい条件や試練の下に置かれ、彷徨うようにして、その生涯を不信仰から信仰への歩みを辿ったというのです。
 ここに、彼らの信仰の原点的体験があります。そして代々のキリスト者は、この荒野を進みゆく40年の旅路に、自らの人生・心の遍歴を重ねてきました。様々な試練を経て信仰へと至る、その課程における、「途上に」おける示唆を、イスラエルの民もまた代々のキリスト者も、この「出エジプト記」に記録されている数々の出来事から読みとってきたのです。「荒野の旅」を続け、先行きが不透明である人生の「途上に」生き続けることに、神の求める「信仰」の本質があるのではないでしょうか。

○旅行と旅との違い
 俳人・松尾芭蕉について解説した本を読んだことがあります。その本の冒頭に、「旅」と「旅行」の違いについての語りが置かれていました。こんな一文です。

“私の考えでは、一体、「旅」と「旅行」とは違うのだ。今日では「旅行」はさかんだけれども、「旅」というものはほとんど経験することができない。今日「観光旅行」「出張旅行」「研修旅行」「新婚旅行」などというものは全く「旅行」であって、「旅」というものではない。「旅行」というのは、スケジュールをもって行動することである。何日に出発し、どこをどう通って何日に帰ると時間割ができている。ところが「旅」には、はっきりとしたスケジュールが立てられないから、翌日はどっちへ行こうか迷った上でそれを定める不安定感や危険がある。これが「旅」というものである。”

 ここに語られている「旅行」と「旅」との違いを、心にとめたいと思うのです。
 私たちの誰もがその歩みを進めている人生、これも「旅」であると言われます。私たちはこの「旅」であるはずの人生を、どちらかと言えば「旅行」に仕立て上げようと苦心しているのではないでしょうか。あまりに不確かであるが故に、自らの歩みを一つの確かなレールの上に置き、自分の人生を決まった時刻表に従って運行していくことを望んでいます。そのように生きて、自分で定めた枠をはみ出すことを避けて、新しい出発を恐れ、苦難・困難にチャレンジする思いを捨て去ってはいないでしょうか。

○私たちの教会の原点
 私たちは毎週の礼拝を、この礼拝堂(スコットホール)で捧げています。この建物は、友愛学舎の学生の礼拝と活動のために、1921年(大正10年)に建設されました。
 毎週の牧会祈祷でも祈っていますが、私たちの教会の出発点となったのが友愛学舎です。友愛学舎は、1908年(明治41年)、今から105年前に、ベニンホフ宣教師によって創設されます。当時、早稲田大学の創始者大隈重信の依頼を受け、キリスト教主義の学生寮として出発し、今日までを歩んでいます。
 * * * *
 ベニンホフ先生は、友愛学舎の学生、さらに広範な活動のために、大学の近くに場所の選定を行い、そこによき建築物を祈り求め、アメリカで募金活動を行いました。1918年の北部バプテストの総会で、学生センター・早稲田奉仕園の幻について語ったのだそうです。
 宣教師の訴えに強く心を動かされたのがJ.E.スコット夫人、彼女はシカゴで最も大きなデパートの経営者であった夫の記念として、この建物を贈る決意をし、5万ドルという多額の献金を捧げられたのでした。
 1921年の年末、この地にスコットホールが完成し、友愛学舎を中心とした学生センター・早稲田奉仕園はその基礎をしっかりと据えることができたのです。
 * * * *
 友愛学舎、及び早稲田奉仕園の出発は、ベニンホフ宣教師の捧げ続けられた祈りと、答えとして届いた御心への応答にこそあります。
 一度はビルマ伝道へと赴き、体調を崩して帰国。シカゴにてさらに学びつつ、ある年の夏期学校にベニンホフ宣教師は参加します。その場でアジアから戻ってきた他の宣教師の報告に触れ、東洋伝道に奉仕する働き手が極めて少ないと知らされた彼は、心を大きく突き動かされます。みんなから離れ、森の中に入って、独りで「自分を東洋にやってください」と祈りられたとのこと。この祈りを通じて召命を受けた彼は、遠く日本へと渡る決心をします。
 綿密な計画や周到な用意があったのではありません。神の召命を素直に受け取り、幻としてのビジョンに突き動かされ、遠く日本の地にまで旅立った一人の若き宣教師が祈りと熱心な信仰を動力とした旅立ち、ここに私たちの教会の原風景はあります。
 来日したベニンホフ宣教師は、多くの偶然、キリスト教的に言えばたくさんの神の導きに恵まれ、また豊かな出会いの内に、ついに1908年11月に友愛学舎の設立に至っていきます。
 私たちの教会の出発に、神の召命を受け、遠いこの国へと「行き先を知らずに」出発した、そんな「旅」に生きた宣教師の信仰が大きく関与していることを思わされます。

○またたび(じゃらんのCMより)
 『じゃらん」という、リクルートが発行している旅行情報誌があります。エリアごとに発行されていて、現在では、『北海道じゃらん』にはじまり、関東・東北、東海、関西・中国・四国、九州とエリアごとの雑誌となっているようです。この雑誌と連動して、ネット上でチケットやホテルの予約もできるじゃらんネットというものが、かなりの規模で運営されています。
 さて、このところテレビで流れている「じゃらん」のテレビCMが気になっています。猫が二匹登場するものです。この猫たちも実にかわいいのですが、映像のバックに奇妙礼太郎というシンガーの歌うオクラホマミキサーのメロディーに合わせての替え歌、アテレコとでもいうのでしょう、その歌がとても味わい深いなぁ〜と感じているのです。
 このCMの音声を録音してCDとしました。30秒ほどのものですが、お聴きください。

またたび またたび またたびに行こう 休みが取れたら またたびへ
またたび またたび またたびに行こう 元気が切れたら またたびへ
じゃらんららんらん じゃらんららん じゃらんららんらん じゃらんららん

 「またたび またたび またたびに行こう 元気が切れたら またたびへ」と、旅への誘いの歌・メッセージがテレビCMとして流れています。
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 私など極めて出不精で、少々引きこもり傾向もあるかなと思っています。そんな私ですが、今紹介した歌を思い起こしつつ、人生の「途上に」生き続けること、それを通じて、神の求める「信仰」の本質に与ること、このことを忘れてはならないと、思いを新たにされています。
 今日の聖書、ヘブライ人への手紙11章8節はこう宣べ伝えていました。

 信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。

 このアブラハムの旅立ちに信仰の原点があるのだと、聖書は宣べ伝えています。
 さまざな不安を抱えながらも、神の導きをこそ信頼し、「途上に」生きる、そんな「旅」の信仰に歩み続けたいと思うのです。

○希望の出口へと向かって
 その道筋は定かではなく、苦難と試練とに満ちたものであるとしても、今日の招きの言葉として読んだみ言葉にあるように、必ずや神が伴ってくださいます。
 コリントの信徒への手紙一10章13節で、パウロはこう宣べ伝えています。

 あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。

 いつも申し上げていますように、ここに語られている「逃れる道」というのは、試練・苦難を避けていく道ではなく、それらを通り抜けた後の希望の出口です。
 希望の出口へと向かって、試練や苦難の只中を神と共に通り過ぎることができる、そのように信じて、それぞれの歩みをさらに進めてまいりたいと願います。