寄稿した文章

2012年7月
(教団全国教会婦人会連合の『教会婦人』へ)

「長い年月がかかるとも、希望へ」
   (ローマの信徒への手紙 5:1~5)


教会婦人2012.07.pdf


2012年4月
(アジアキリスト教教育基金の『ACEFコミュニケーション』へ)

「アンパンマンをめざして」
   (イザヤ53:1〜5/使徒言行録20:34~35)


2012 Apr seminar.pdf


■東日本大震災の現実と経験
 昨年の東日本大震災から1年2ヶ月が経過しました。
 震災後、テレビの映像で何度も観た津波の様子や、瓦礫のうえで発生する火災の様子。また、福島第一発電所の事故等々… 日一刻と深刻化した事態は底知れぬ恐怖を生み、多くの人々が故郷から離れての避難生活を余儀なくされています。
 皆さんもきっと、さまさまな形で今回の事態に関わってこられたのではないかと思います。
 今日はこのような私たちを取り巻く現実を踏まえながら聖書のメッセージを共に聴きたいと願います。

■イザヤ書53章の「苦難の僕」
 イザヤ書53章1~5節は「苦難の僕」預言の一部です。
 これは第二イザヤの預言で、紀元前6世紀半ば、大国バビロンによって多くの者達が拉致され、異教のバビロンの地で不自由な生活を余儀なくされているという深刻な状況の中で語られたものです。
 当時、捕囚先でイスラエルの人が抱え込まざるを得なかった深刻な病、見つめざるを得ない罪や背き、咎、こういったマイナスの状況の数々がありました。その時代の痛みを一身に背負うようにして、ひとりの僕は苦しんでいたと語られています。
 長い間、誰のことを語っているのかが分からず、人々はここに預言されている者に何らの意味や価値を見い出さなかったのです。語られている通り、見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もなく、軽蔑され、人々に見捨てられている存在だったからです。
 ところが、預言から500年以上もの時を経て、イスラエルの人々はイエスの教えや生き方に出会い、ついにはイエスの十字架を経験しました。彼の教え・生き方の極まりとしての十字架上での赦しと執り成し、こうした死の様に触れて、イザヤが預言した「苦難の僕」とは、十字架上のイエスの姿そのものであると、人々は気づいていったのです。

■最初期のあんぱんまん
 大震災直後の大停電の中、人々は乾電池で聴けるラジオから情報を得たのでした。また数多くのリクエストがラジオ局に寄せられたそうです。最初の一月の間、リクエストされた曲のベスト10を見てびっくりしました。1位は何と「アンパンマンのマーチ」。
 実際に聴いてみましょう(曲を流す)。
 大人も子どももこの曲から勇気をもらった、と書かれていました。
 作者・やなせたかしさんのことが、大震災直前の夕刊に書かれており、アンパンマンがどのようにして生まれたのかに触れていらっしゃいました。
 「当時はやっていたスーパーマンは僕から見るとどうもうそくさい。飢えている人がいるのに。正義ってまずひもじい人を助けることじゃないか。だから、中年のおじさんがマントで飛びながら、アンパンを配る漫画にしました。スーパーマンに『みっともない』とけなされ、未確認飛行物体と間違われて撃ち落とされてしまう。正義は自分が傷つくことを覚悟しないと出来ない。今では子どもに人気のアンパンマンですが、最初は大人のための苦いお話だったのです」。
 驚きました。あの可愛らしいアンパンマン、初期型はなんと中年のおじさんだったというのです。
 世に出た最初のあんぱんまん(当時はひらがな表記)は1974年の絵本。今よりも人間らしい感じがします。
 同時に購入した『わたしが正義について語るなら』には、2カットだけですが、最初期の中年のおじさんとしてのあんぱんまんが載っています。
 この本にこう書かれています。「自分の顔を食べさせるのではなくて、あんパンを配るおじさんだったんです。自分でパンを焼いているから、マントには焼けこげがある。太っているし、顔もあんまりハンサムじゃありません。非常に格好の悪い正義の味方を書こうと思ったんです」。
 アンパンマンはアンパンでできている自分の顔を食べさせて、飢えている人・困っている人を助けます。自分の身体の一部を失ってまで人を助ける存在です。こうしたアンパンマンのあり方にイエス・キリストを重ね見る人があります。
 「苦難の僕」の預言に「彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」とありました。この預言の言葉と自らの顔をちぎり取って人に食べさせるアンパンマンのあり様が響き合います。
 やなせたかしさんはクリスチャンだとも聞いていますので、アンパンマンの背後には十字架のイエス・キリストの存在があるのかもしれません。

■使徒言行録20章より
 もう一箇所、使徒言行録20章34~35節を味わいましょう。これは、使徒パウロの遺言説教の一部です。パウロは殉教を予見しながら、エフェソの教会の長老たちに遺言としてメッセージを伝えました。
 最後にパウロは、最も大切にしているイエスの教えを宣べ伝えています。「ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました」。
 「思い出す」とは、事柄を思い起こすことを超えて、その内容に積極的に注意を向けるということ。そのようにして、実際にイエスの福音に生きてほしい、そんな祈りを込めてパウロは語り継いでいます。
 ここでパウロが最も大切なものとして語り伝えているのが、「受けるよりは与える方が幸いである」というイエスの教えです。

■集める人生と散らす人生
 クリスチャン医師・柏木哲夫さんが淀川キリスト教病院の職員礼拝で語られたメッセージ。これを集めた『心をいやす55のメッセージ』に、「集める人生と散らす人生」ということが二度にわたって語られています。
 「集める人生」とは、言い換えると自分のために生きる人生です。お金や知恵、経験や能力などを集め、獲得していくあり方。誰しも一時期、特に若い時にこの「集める人生」を生きざるを得ません。
 しかし、ずっとそのままで良いのか、とこの医師は問うのです。
 「集める人生」の対極にあるのが「散らす人生」。集め・獲得した技術や能力、才能や持ち味を一生懸命に人のために使っていくこと、これが「散らす人生」です。他者のため、あるいは他者と共に生きる人生ということでしょう。
 主イエスを信じて生きる、その具体的なあり方が「散らす人生」に示されていると、この医師は語っています。
 我が家にこの春高校を卒業して、看護師を目指して進学した娘がいます。彼女を通してたまたま知った曲、槇原敬之の「僕が一番欲しかったもの」を一緒に聴きましょう(曲を流す)
 この曲の最後に「僕のあげたものでたくさんの 人が幸せそうに笑っていて それを見た時の気持ちが僕の 探していたものだとわかった 今までで一番素敵なものを 僕はとうとう拾うことが出来た」とあります。こう歌われている人も、「集める人生」ではなく「散らす人生」にこそ生きたのではないでしょうか。
 イエスは、「受けるよりは与えるほうが幸いである」と教えてくださいました。このみ言葉をしっかりと受けとめて、「集める人生」、つまり自分のために生きる人生から、新たに「散らす人生」、他者のため、また他者と共に生きる人生へと進んでいきたいものです。
 今日ここに集っていらっしゃるみなさんも、それぞれにいろいろな学びや経験をしながら歩んでいきますが、これから学びと経験を通じて、どのような目的のためにそれらを集め・蓄積しているのかということを意識していただければ幸いです。

■ボランティアに参加して
 昨年の4月半ば、当時高3だった娘は、大学生たちと一緒に3泊4日で被災地のボランティア活動に参加し、遠野市をベースに、釜石市と大槌町で奉仕しました。
 この時に感じたことを次のように作文に書いています。
 「この活動に参加して、自分が『部外者』であるということを痛感しました。初めて津波の被害を受けた街を見たとき、私にはテレビや新聞で見た風景と同じとしか感じられませんでした。東日本大震災からわずか1ヶ月しか経っておらず、生々しい津波被害の風景でした。それなのにテレビや新聞で見た風景と同じとしか思えない自分。本当に最低で冷酷な人間だと感じました。…(略)…毎日テレビや新聞で報道されている被害の状況などに心を痛めていたつもりですが、実際は津波の心配のいらない安全な場所で部外者としてこの震災を見ているのだなと思いました」。
 とても正直な感想だな、と思いました。
 「部外者である自分」の発見、これは娘にとって大きいものでした。この思いをどうするのか、部外者のままにとどまり続けるのか、それとも部外者を超える方向へと進んでいくのかが、彼女の歩みのテーマとなっていったようです。
 彼女はまた感想文の最後にこう書いています。
 「今回の経験とそこで感じた私の思い。無力感や罪悪感。そして自分の立場の不十分さを踏まえて、今回ただ一回だけで完結するような支援ではなく、継続してなしていける支援をしようと思います。そしてこれからは部外者としてではなく、聖書が教えているように、「悲しむ人と共に悲しみ、喜ぶ人と共に喜ぶ」(ローマ12:15)ことを目標として、被災者の皆さんの心や思いにしっかりと寄り添っていきたいと思っています」。
 こうした思いをもって、看護学部に進みました。どんな学びをし、どんな生き方をしていくのか、親として見守っていきたいと思っています。

■一人ひとりが小さなアンパンマンへ
 「アンパンマンのマーチ」に「たとえ胸のキズが痛んでも」とあります。胸のキズが痛む、心が痛む、そんな痛みを抱えながらも、出会った人々、特に今様々な痛みや苦しみを感じている人々と、自分の持てるものを分かち合っていくこと、「部外者」を超えていくことが私たちの課題ではないでしょうか。
 柏木医師が語ったように「散らす人生」へ、アンパンマンが自分の身体の一部を人に差し出して助けるように、何よりも私たちのために命を捨ててくださった主イエス・キリストの励ましのもとに進みたいと願います。
 最も初期型のあんぱんまんが中年のおじさんだった事実に示しと励ましを与えられている私です。私自身が、「なんのために 生まれて なにをして 生きるのか」を改め問いながら、「たとえ胸の傷がいたんでも」、ただ自分を守るのではなく、他者へと向かい、この世界や現実へと向かい、「部外者」を超えて何らかのアクションを起こしていく、そんな歩みへと信仰を抱いて進みたいと願っています。
 一人ひとりの学びと経験の上に、そして他者や周囲へ、そしてこの社会や世界へと向けている思いと祈りとに、神さまの祝福と導きとが豊かにありますようにお祈りをいたします。