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説教

早稲田教会で語られた説教をテキストで掲載します


2020年11月8日

「確信をもって、大胆に」エフェソの信徒への手紙 3:1〜13
 奥山京音伝道師

 
〈聖書〉エフェソの信徒への手紙 3:1〜13 

 (1)こういうわけで、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となっているわたしパウロは……。(2)あなたがたのために神がわたしに恵みをお与えになった次第について、あなたがたは聞いたにちがいありません。(3)初めに手短に書いたように、秘められた計画が啓示によってわたしに知らされました。(4)あなたがたは、それを読めば、キリストによって実現されるこの計画を、わたしがどのように理解しているかが分かると思います。(5)この計画は、キリスト以前の時代には人の子らに知らされていませんでしたが、今や“霊”によって、キリストの聖なる使徒たちや預言者たちに啓示されました。(6)すなわち、異邦人が福音によってキリスト・イエスにおいて、約束されたものをわたしたちと一緒に受け継ぐ者、同じ体に属する者、同じ約束にあずかる者となるということです。(7)神は、その力を働かせてわたしに恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださいました。(8)この恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたしに与えられました。わたしは、この恵みにより、キリストの計り知れない富について、異邦人に福音を告げ知らせており、(9)すべてのものをお造りになった神の内に世の初めから隠されていた秘められた計画が、どのように実現されるのかを、すべての人々に説き明かしています。(10)こうして、いろいろの働きをする神の知恵は、今や教会によって、天上の支配や権威に知らされるようになったのですが、(11)これは、神がわたしたちの主キリスト・イエスによって実現された永遠の計画に沿うものです。(12)わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。(13)だから、あなたがたのためにわたしが受けている苦難を見て、落胆しないでください。この苦難はあなたがたの栄光なのです。

 

 
 大学の学科に説教学というものがありました。聖書日課に沿って学生の前で説教をし、釈義や伝え方に関して学生同士でディスカッションする講義です。この講義で、聖書箇所を詳しく覚えてはいませんが、パウロ書簡で説教をしました。その時に私の説教を聞いた同期から言われた感想が今でも記憶に残っています。「あなたはパウロを批判的に見ているのですね」と言われました。批判的とまではいきませんが、パウロに対してネガティブな印象は確かに持っていました。私にとってパウロのイメージは「お硬い」人間でした。自分の考えにこだわり、融通がきかない頑迷な人間に見えるパウロとは絶対に友達にはなれないと、友人に愚痴をこぼしながら注解書を読んでいました。
 
 ここで少しパウロの経歴を語ります。使徒言行録の21章後半で、パウロは神殿にいるところをアジア州からきたユダヤ人に見つかり、捕まって暴行を受けました。騒ぎを聞きつけ駆けつけた千人隊長はパウロが騒ぎの原因と考え、兵隊たちが常駐する場所、兵営の中へ連れて行こうとします。その時、パウロが弁明して自身のことを話している箇所があります。21章39節で「わたしは確かにユダヤ人です。キリキア州のれっきとした町、タルソスの市民です」と言います。また22章3節では、「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました」と記してあります。このように、パウロは現在のトルコの南部に位置していたキリキア地方の町、タルソスの市民でした。復活したイエスに出会う前はファリサイ派のラビであるガマリエルから教育を受け、ユダヤ人として熱心に神様に仕えていました。パウロが自分で語る通り、厳しい教育を受けたということは、それほど高い水準の教育を受けたのでしょう。厳しい教育を受けて、正統的なユダヤ人として神様に熱心に仕えたパウロは間違いなく当時のトップエリートの道を歩んでいました。
 パウロは使徒言行録で、はじめはサウロという名で登場します。使徒言行録8章1節に「サウロは、ステファノの殺害に賛成していた」とありますように、サウロはキリスト教における最初の殉教者、ステファノが殺害されることをファリサイ派としての信仰をもって賛成していました。ステファノの殉教後も、サウロは使徒言行録9章1節〜3節にありますように、キリスト教を迫害するために意気込んでいました。
 はじめに申し上げました「お硬い」人間という印象は、パウロの経歴に対しての私の思いと、8章1節にサウロが信仰から人を殺害することに賛成している姿から、一層「お硬い」との印象を深めました。そういった印象を持つ私にとって、パウロの勧めは何とも理解に苦しみました。こういった考えから、パウロは到底理解できないと考え、パウロの勧めを鬱屈した思いで読んでいました。
 
 さて、本日私たちに与えられました聖書箇所はエフェソの信徒への手紙3章1節から13節です。この箇所はとても印象深い内容です。なぜなら、3章1節の「こういうわけで」と語りはじめた文章は途中で脱線するからです。1節に記されている「こういうわけで」以降、著者が繋げたかった内容は14節以降にまで飛んで記してあります。そのように考えますと、1節から13節は本筋から逸れた脱線部分となります。「脱線」と言いますとこの部分の重要性に疑問を持たれると思いますが、1節から13節を先に話さなくては14節以降の話ができないほど著者にとっては大切な話だったのではないでしょうか。
 著者が本題から横道に逸れた理由に関して、神学者や説教者の間で様々な理解があります。その中で、ある説教者はこの1節から13節は、現状を見て不安を憶え、信仰心が揺らいでいる信徒に対してのパウロの注意喚起ではないかと語りました。
 
 エフェソ書は獄中書簡と言われています。本日の3章1節以外に、4章1節にも記してある「囚人」という表現に加えて、6章20節の「鎖に繋がれている」と記してあることから、パウロが獄中にいる時に執筆されたものと推測します。エフェソ書の執筆時期や場所は諸説あるため、いつ起きた拘留、もしくは軟禁の時を指すのかわかりませんが、パウロが苦難の中にある時に執筆されたということは理解できます。
 パウロが苦難の中にあるのは神様からの使命が関係していると考えます。パウロの使命は神様のご計画を異邦人に伝えることでした。そのご計画とはキリストの十字架と復活によって異邦人が神様に受け入れられ、隔ての壁が取り壊され、皆等しく神の民として救いを与かることが赦されたことを広く宣べ伝える、これがパウロの使命でした。3章7節から8節に「神は、その力を働かせてわたしに恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださいました。この恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたしに与えられました」とあります。自らの使命は、神様からの恵みであると著者は語ります。   
 著者が力強くこの書の中で繰り返し伝えていることがあります。それは、私たちは等しく誰でも、神様の恵みと祝福を受けているということです。神様から使命を受け、神様の恵みと祝福を与りながら歩む道は簡単で平坦な道ではありません。神様の御心のままに歩むことは、苦難を免除してもらえるということではないからです。だからこそ、著者は本題に入る前に読者へ私が今遭っている苦難を見て落胆してはならないと注意喚起をしたのではないでしょうか。
 神様の御心のままに歩んでも歩まなくても、自分の生涯に必ず苦難があるのならば、神様の御心のままに歩むことになんの意味があるのでしょうか。
 
 本日、招きの言葉は詩編30編に編まれている一部です。12節に「あなたはわたしの嘆きを踊りに変え/粗布を脱がせ、喜びを帯としてくださいました」とあります。30編の詩人は自分が体験する嘆きが嘆きのままで終わらなかったことを証ししています。エフェソ書の著者も、自ら体験する苦難は、神様の恵みと祝福によって嘆きから踊りに変わる時が来ることを信じているのではないでしょうか。著者は最後にこのように語ります。「だから、私があなたがたのために受けている苦難を見て、落胆しないでください。この苦難はあなたがたの栄光なのです」。
 
 冒頭で皆様にパウロの印象を「お硬い」人間と申し上げました。しかし、このように考察してきて今は「お堅い」人間と考えます。2つとも読みは同じ「かたい」という字ですが、前者は頑固な意味に対して、後者は心が動揺したり容易に変わったりしないという意味があります。私にとってパウロはまだまだ難しく、理解するのに時間がかかりますが、パウロのように確信をもって、大胆に神様に近づくことができますようイエス様への信仰心を強めていきたいと願います。苦難の中にある時、神様どうしてですかと問いかけ落胆する時、13節のパウロの励ましを憶えて新しい一週間も歩んでゆきたいと願うものであります